踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

山崎佳代子『ベオグラード日誌』

 

ベオグラード日誌 (りぶるどるしおる)

ベオグラード日誌 (りぶるどるしおる)

 

そう言えばベオグラードで語られる言葉とはなんなのだろうか……と調べてみた。ベオグラードは現在セルビアの首都である。そこで語られている言葉はなんと! 「セルビア語」なのだった……いや驚くべきことではないけれど、もっとメジャーな(失礼!)言葉が母国語として使われていると思っていた私にはショックだった。限られた例外はあるにせよ日本語が日本でしか通じないのと同じように、グローバルな英語やドイツ語やフランス語やロシア語は使われないのである。マイナーな言語……ここで「マイナー文学」という言葉を――実を言えば、恥ずかしながら私はジル・ドゥルーズは一冊も読んでいないのだが――使うのは頓珍漢だろうか。

日本出身の詩人でありダニロ・キシュの翻訳家としても知られる山崎佳代子氏の『ベオグラード日誌』は 2001 年から 2014 年までの日々の記録を綴ったものである。思い起こそう。同時多発テロがありイラク戦争がありフクシマがあり……その他揺れに揺れた 21 世紀初頭であった。そんな中、セルビアも決して戦争と無縁だったわけではあり得ない。戦火/戦禍が生々しい場所から届くのはしかし決して声高な荒々しい言葉ではなく、淡々とした呟きにも似た言葉なのだった。この呟きはしかし聞き逃してはならないものだ。読みながら惹きつけられた……私たちはセルビアについて、東欧についてなにを知っているだろうか。

前に『そこから青い闇がささやき』という山崎氏の書物を読んだ時にも思ったことだが、セルビア、あるいはもっと端的にベオグラードという土地について、私はマスメディアが報じたことしか覚えていないことに気づかされる。誰もが知る通り、マスメディアが必ずしも真実を語るとは限らない。恣意的に情報は切り取られ、扇情的な表現で伝えられる。かつ私たちは――と主語を広げるのは乱暴だろうか――覚えたいことしか覚えない。逆に考えれば私たちは都合の悪いことは忘れてしまう。同時多発テロの真相やイラク戦争の戦火/戦禍、それどころかフクシマまで風化しかねない目まぐるしい変容を遂げているのが「今」ではないか。それを考えればこの本の記録を単なる「日記」として読むのはあまりにももったいない。

右を見ても左を見てもやかましい怒鳴り声/罵声ばかりが聞こえて来る時代だ。それは日本だけの現象に留まらずヘイトスピーチとして問題になっているわけだが、そんな状況でこんなことを書くのは単なる「綺麗事」だと思うが、しかしもっと冷徹な「呟き」に耳を澄ませる必要があるのではないか。池澤夏樹氏の詩を読んでいるという記録が綴られているが、本書から連想したのはまさにその池澤夏樹氏の「なじらない」と「あおらない」という姿勢だった。どんなに激変する世界であれ、戦火/戦禍の悲惨さに胸を痛め、しかし特定の誰かを悪者として声を荒げて罵倒しない。ただ悲しみを静かに綴るだけだ。その上品さが、見事な日本語として結実している。

彼女が権力者やマスメディアの代わりに拾うのは、これもまた失礼な言い方になるが「マイナー」な人たちだ。例えば市井の人々。あるいは文学者……サルトルではないが、文学者に政治を語らせても頼りないだけだろう(その文学者が政治家でもない限り)。彼らの声は往々にして権力者やマスメディアの大声の前では無力に響く。しかし、無力ではあると知っていても文学者たちや市井の人々は「個」の声を、基本的には何処の国のナショナリズムも振りかざさないで語る。もちろん山崎氏もそういう「個」の声を語っている方だ。日本国民として云々という論を振りかざさず、日本とベオグラードを往来する日々を粛々と語る。

本書を読みながら思わされたのは、山崎氏が多くの人々との離別/死別に立ち会っていることである。戦火/戦禍で亡くなった名もなき人々、あるいは波乱の時代を生き抜いた文学者たち……一期一会という言葉があるが、生きている以上避けては通れないとは言え死はやはり辛いものがある。ましてや東欧の激動の中敢えてそこに留まり続けることを選ぶ山崎氏である。彼女もまた己を襲う死と向き合いながら、その現場でしか綴れない言葉を語っている。ベオグラードについて私が無知であったことは前にも語ったが(第一次世界大戦が何処で起こったのかすら忘れていた!)、日本の私が如何に「平和ボケ」していたか痛感させられる。

惜しいのは、実質的には 2001 年から 2007 年までの記録が主となってしまっておりそれ以降の記録がさほど詳細を極めていないことだ。フクシマに対するベオグラードからの彼女の声をもっと聞きたいと思うのは私だけなのだろうか。チェルノブイリが何処で起こったことなのか思い出せば、またしても失礼な言い草になるがそうした土地と地続きである彼女の声はもっとブリリアントなものとなったのではないか。もっと彼女の見解を聞きたかった(ちなみに、彼女は東日本大震災をまさに日本で経験している。なんという運命だろう!)。そのあたり「ないものねだり」かなとも思う。だが、今こそこの呟きを聞き逃してはならないのではないか。