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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

『片隅01』

kaji-ka.jp

楽しい本だな、と思った。興味深い、と言っても良い。充実した読書体験だった。語弊を恐れずに言えば「手放しで褒められる本」だとは思わない。もちろんつまらないわけではないし「物足りない」とも思わないのだけれど(サーヴィス精神は充分過ぎるほどたっぷりある)、だがこの本にはこの本なりの欠点というか限界があるようにも思うのだ。それについて語って行きたい。

本書は「九州発!」という帯の惹句が示す通り、九州でしか流通していない文芸誌である。より正確に言えば、インディペンデント精神に満ちた本である。本書を出版している伽鹿舎はウェブサイトに依ると「スタッフ全員が本業を別にもっている非営利の文藝出版社」だという。書き手もプロフェッショナルな作家だけを集めたわけではないらしい(私の知っているアマチュアの方も寄稿しておられる)。それ故の限界はなるほどある。作品が良く言えばヴァラエティに富んでおり、悪く言えば玉石混淆なのだ。「これは小説/エッセイとしてどうかな……」と思った作品もないでもない。だから、それを含めて愛せるかどうか。それが踏み絵になる。

本書を読みながら思ったことをもう少し紐解けば、「勿体無いな」というものだった。本書はさっきも書いたが、基本的には九州の書店でしか買えない書物である(ネット販売はされているようなので、どうしても読みたい方はそれを頼りにされたい)。このような書物がそのような地理的限界故に広く読まれないことは、これもまた誤解を招く表現になるが自分で自分の首を絞めることになるのではないか、と。本書を読んで私は、一度も足を踏み入れたことのない九州に行ってみたくなったのだった。逆に言えば私をそう思わせた時点で、九州を「本が好きな人が飛行機に乗ってでも訪れたい、そういう場所」(ウェブサイトより)にしたいと思わせた制作陣は成功しているように思う。もっと広く読まれ、もっと賛否両論(「否」も当然含む)に晒されるべき本ではないか、と。

インディペンデント精神に満ちた本である、と私は書いた。アマチュアの方も寄稿している、と。それ故にこれも正直に告白するが、質はプロの作った手堅い文芸誌には及ばない。残酷だが、幾つかの作品は素人の手遊びの域を出ていないように思った。だが、手堅く(悪く言えば「実験」せず)作った文芸誌に慣れている人間にはこうした野心は逆に斬新にも感じられる。その野心自体は「買い」ではないか。少なくとも現段階で第三号まで出ているというこの『片隅』に興味を持ったことも確かだ(そう言えば、私が本書に興味を持ったのも「片隅」というタイトルそれ故である。その控え目さに逆に魅力を感じたのだった)。

本書をどう読むか……ここで読み手としての私が試されそうでなんだか怖いのだが、ここは勇気を奮おう。私が本書で一番読み応えを感じたのは(図抜けて、と言っても過言ではない)、元キリングセンスの萩原正人氏が寄稿している「ダメアナ」という作品だった。売れないお笑い芸人が肉体労働者として身をやつしてカネを稼いで妻のために……という話で、恐らくは著者である萩原氏の実体験が書かせたものかもしれないのだが(それくらいリアリティというか、汗の匂いすら漂う生々しさがあるのだ)、これはもしかすると又吉直樹氏に匹敵する「底力」を秘めているのかもしれない……とさえ思わされた。磨けばあるいは……と。壮絶な人生を過ごされた方ならではの迫力を感じたこと、これ自体は嘘偽りのない事実である。あまり期待しないで読んだのだが(失礼!)、これは「想定外」だった。

それ以外にも著名人としては谷川俊太郎氏や坂口恭平氏も寄稿しているが、そうした「プロ」のネームヴァリューで売らんとしている甘えた精神はない。「隙間時間を贅沢時間に。読切短編のみの文藝誌」(これもウェブサイトより)として、前にも繰り返したがこちらをプロの作品の看板に頼ることなく読ませんとする野心は見上げたものだ。だからこそ「何故こんな作品が?」と思えなくもないものもあった。ここは残酷になるしかない。申し訳ない。だが、野心それ自体を否定するものではない。その欠点も含めて充分楽しませて貰ったこと、それもまた正直/嘘偽りのない実感である。私自身素人として小説を書いていた時期があるので、創作意欲をくすぐられたことも確かだった。

本書が例えばそれこそ手堅くマーケティングされた、あるいは伝統のある文芸誌と比肩するものであるかどうかと問われれば私は「どうかな……」と対応に困ってしまう。そこまで褒められたものだとは思わない。ここで当たり障りのない言葉を並べて過大評価するのは逆に失礼だろうから、ここもまた残酷になろう。素人っぽい弱みはある。だが、その弱みもまた魅力だとも言えるのだから困る。ここから新しいなにかが生まれる可能性/予感は「大いに」ある。その可能性/予感に期待するのは「過大評価」ではないだろう。制作陣が次になにを生み出してくれるのか、それが今後楽しみに思えてならないこともまた事実だった。

纏めよう。本書は良かれ悪しかれ「Do It Yourself」精神に満ちた本である。イヤミに聞こえたら申し訳ないが、面白い本が見当たらないから自分で作ってみちゃったという、言わば日曜大工のような本だ。つまり「日曜大工」としての限界もあるし、逆に「日曜大工」だからこそ生まれる味わいもある。それで良いじゃないか、物事なんて所詮捉えようなのだから……とも私は思う。だからここから先は実際に読んで確かめて欲しい……と書きたくなって、そこで口を噤んでしまうしかないのである。本書は九州でしか読めない本なのだった。だから無闇矢鱈に「立ち読み」して確かめて欲しい……とは書けないのだ。その意味で惜しい一冊でもある。本書の魅力を知るためにオフィシャルサイトを来訪する価値は充分にあると思う。これは「過大評価」にはなるまい。