踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

ライナー・シュタッハ『この人、カフカ?』

この人、カフカ?:ひとりの作家の99の素顔

この人、カフカ?:ひとりの作家の99の素顔

 

フランツ・カフカ。一体どんな男だったのだろう。作品と作者がかけ離れているということは往々にしてあり得ることだ。作品が奇矯だからといって変人が書いたとは限らない。逆に言えば常識人が書いたからといって作品が堅苦しくなるということにはならない。作品から作者を導き出すということは危険だ。逆もまた然り。作者の人となりから作品を推定するということは不可能だ。それは分かってはいるのだけれど、カフカという人物に関して言えばそんなこちら側の安直な理解を阻むところがある。作品も作者も実に掴みどころがないのだ。頭木弘樹さんの本を読んでカフカについて関心を抱き、「ポケットマスターピース」シリーズのカフカの巻を読みカフカに興味を持っていた時に、私は本書とめぐり逢った。

『この人、カフカ?』はカフカに関する 99 の断片から成り立った書物である。カフカという紛れもなく二十世紀を代表する文豪を様々な角度から切り取った一冊である。日記や手紙はもとより、走り書きやサインといった細々したカフカの残した物からカフカを洗い出そうとする試みが為されている。本書を読んでいて、私はカフカという人物についてもっともっと知りたくなってしまった。カフカは作品は言うまでもなく奇妙だが、作家としても、あるいは市井の一個人としての充分に奇妙だ。あるところでは脆弱なところを見せ、そうかと思えば特定の作家に対して平気で毒を吐く。娼館を利用するかと思えば、女性に対してウブなところを見せる。そんな矛盾に満ちた人物……それがフランツ・カフカだった。

カフカはどこまでも独創的な人間でした。その独創性を可能な限り隠し、みずからをきわめて平凡な人間として、どこにでもいる人間のひとりとして提示する。それこそが作家たる彼の独自性、個性でした(p.284)

こんなことを書かせるのがカフカという人物だった。カフカの伝記を読んでいても型破りな出来事ということは起こらない。人格破綻者というわけだったというわけでもない。堅い勤め人として仕事をこなしながら、夜になると創作意欲を擽られて『変身』や『訴訟』といった奇妙奇天烈な作品を書き続けた作家である。一体どういう人間だったのだろう……噛めば噛むほど味わいが出て来る。近寄り難いようでいて、気さくに対応してくれるようなフランクなところがある人物だったのではないか……もう会うことは叶わないが、結局カフカはどういう人間だったのか、本書を読んでいても分からないのだ。

本書はカフカのテクストがふんだんに盛り込まれており、翻訳者の本田雅也氏がカフカの原文を翻訳している。カフカのテクストは本田氏の翻訳に依れば極めて読みやすい。今日は活字が頭に入らない状態で読んだのだけれど、この本はそんな私のコンディションに関係なくこちらを引きずり込む力があると思った。カフカに関して『変身』『訴訟』しか読んだことがないんだけれど……という方であっても、あるいは読んだことがないのに、という方であっても本書は読むのにはさほど支障は来さない。カフカを知りたい方に関して言えば本書は「イントロダクション」として読むことは可能だ。カフカの生涯を(本書は学生時代にカフカカンニングしたというエピソードが冒頭に据えられ、遺言や葬式で終わる。つまりカフカの一生を追った風変わりなドキュメンタリーとしても読める)追うということだって出来るのだ。

読みながら思ったのだった。頭木弘樹さんの著作を読んでカフカに関しては「聖人君子」というイメージがつき纏っていたが(これに関しては『カフカらしくないカフカ』という著作が出ているようなのでいずれ読みたいが)、カフカの人間臭い一面も多く取り沙汰されている。上述した性欲に関する話題もそうだし、注文に応じて文章を書くのが苦手だったカフカが苦心して書いた書評も掲載されている。読みながら、カフカが書いたテクストは便宜的に「小説」「エッセイ」「アフォリズム」「詩」と区分けしているわけだけれど、そんなことは無意味なのではないかと思ってしまった。カフカは書きたい時に書きたいことを書いた。それが結局虚構か現実かということはどうでも良かったのではないか。

もっと言えば、本書を読んで私はカフカの小説の中に私は迷い込んだようなそんな感覚を味わった。カフカが主人公となって展開されるカフカ的な小説の世界……そんな世界が展開されると私は思ってしまったのだ。本書は前にも書いたがふんだんにカフカのテクストが散りばめられている。カフカの綿密に物事を描写しようとする意識は文脈を逸脱してワケの分からないものとなってしまって、カフカ自身がカフカが作り出した迷宮の中に翻弄されているかのようだ。そこで女性たちに誘惑され、友人に皮肉を漏らして、作家として(一文の得にもならないのに!)小説を書き続ける。そんなカフカの一生をロングショットで撮った一冊として読むことが出来るのだ。

カフカ。読めば読むほどワケの分からない男……。翻訳文は極めて読みやすい。こんなカフカの姿があるのかと思わされるほど平易で頭の中に入って来やすい。結核患者が二階から痰を吐いた……そんな細かいエピソードでも、カフカの逸話だと残ると何処か深読みを誘ってしまうから不思議だ。単なる変人だったのかもしれないし、あるいは苦悩する人だったのかもしれない。奇矯なことを考えては悦に入る人だったのかもしれないし、親元から自立を図れと語りつつ自分は親元を出られなかった男の情けない強がりだったのかもしれない。どう言う男だったのかは分からないが、カフカはスルメのような人間だ。あまり「人間」カフカに興味が向けられるのはカフカとしても本意ではないかもしれない。だが、本書を読んで――本書がカフカの半生を追い掛ける構造になっているのは偶然ではあり得ないだろう――カフカが身近に感じられる読者が増えれば良いなと思ってしまう。フランツ・カフカ、実にヌエのような男だ。悪魔のように狡猾だったのか、天使のように清らかだったのか。そこは人に依って解釈の分かれるところだろう。私はカフカのそうした矛盾に惹かれて読み進めるクチなので、今後もこうした書物は読んで行こうと思った次第である。