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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

佐伯一麦『とりどりの円を描く』

とりどりの円を描く

とりどりの円を描く

 

円熟の境地、と書くとまだお若い佐伯一麦氏に対しては失礼かもしれない。古井由吉氏と同じように、むしろこれから老いてどのような境地を彷徨うのかそれが問われる作家なのだろうと思う。だがしかし、ここまでブレないで己の文章を、そして生活を切り開いて来られた氏の粘り強さと誠実さに対して一種の敬意を覚えながら私は本書を読み終えることとなった。

本書は本に関するエッセイを主に集成したものである。プロフェッショナルな作家がどのような本を読んでいるのか、個人的には興味が尽きないので楽しく読んだ。佐伯氏のチョイスは渋い。パッとページをめくってみる。そしてそこに記されている作家たちを列挙してみよう。プルーストやファーブルやジョイス、干刈あがた陸奥宗光……そういう作家たちの本が並ぶ。彼らの著作一冊一冊に対して何処までも誠実に向き合った、落ち着きのある(悪く言えばデーハーではない)文章が並んでいる。一編一編が読み物として充分に面白い。もう少し読ませるための技芸があればと惜しく思う反面、そうした技芸を見せびらかさないのも氏らしいと思われて悩ましい。

ひたすら本を読み、そしてそれについて考えたことを書き続ける……根気がなければ続かない作業である。ベーシックと言えばベーシックな作業なのだけれど、読まなければ作家は書くことが出来ないのだから佐伯氏も旅に出る傍ら大量の本を読む。そうやって読み進めた書物と生活は地続きになって繋がっている。書物の世界がそのまま生活へと投影されて、生活が書物を読み進めるための切っ掛けとなって回る。池澤夏樹氏や高橋源一郎氏ほどブッキッシュというわけではないのだが(佐伯氏のフォローしている分野は、日本の渋い私小説が中心となっておりそのあたり流行りのものに手を伸ばさないだけの自分を確立させている)本を愛する人物なのだろうなということは伝わって来る。

ニュースに応じてなにかを書くといったことは殆ど為されない。まだ 3.11 前に書かれた書物ということもあってか、あるいは氏が持つアスベスト禍についても殆どと言って良いほど語られないこともあってか、そのあたりはくどい印象を感じさせない。描かれるのは自身の半生だ。家出をした思い出、作家になるまでの苦い日々、そして作家になってから……佐伯氏のふと思い出したように綴る自分語りに、これはきっと深い内的混乱があったのだろうなと思わせられる。そんなことを考えるのは穿ち過ぎだろうか。作家のそのような半生まで忖度――という言葉を使っても良いのだろう――することは失礼だ。だが、読めば読むほど佐伯氏の「私小説」を読みたくさせられたのでそのあたりがもどかしい。エッセイをじっくり読んでからいずれ本格的に小説に取り掛かることにしよう。

数々の文壇の先輩の死についても語られている。古山高麗雄三浦哲郎……あくまで翻訳文学に頼らず(そういう作品を毛嫌いしているわけではないのだろうけれど)日本文学のオールドスクールな路線のものを眼中に据えて、それを読み込まれて来られた方である。本書で綴られる日本語自体――もっとも、残酷なことを言ってしまえば雑多な文章を寄せ集めたという感が否めないだけ『麦主義者の小説論』には劣るかなとも思うのだが――ひとつの「美しい日本語」として読めそうだ。「美文」ではない。だが、端正に綴られた文章として読むことの愉楽を感じさせてくれる稀有な書物なのではないか、あるいはそういう作家なのではないか、と――。

総じて言える印象と言えば「地味で渋い」ということに落ち着くのだろう。それ以上のことは書けないで居る。読みながら、読んでみたくなった作家が確実に増えた本でもある。具体的に言えばオールドスクールな日本の内向の世代の小説やもっと昔に遡る作家の小説を読んでみたくなった。あと読みたいのは古井由吉氏だろうか。新刊に対する書評も収められているが、声高になにかをなじったり煽ったりしないところも好感が持てる。木造りで作られた家具のように一個一個の文章が手作りで丁寧に作られたものとして読めるのだ。先ほどから同じことばかり書いているが、これが私の限界だと思っていただければ有難い。

先にも述べたが、短めの書評や身辺雑記が集められた書物である。とっ散らかっているという印象は残念だが拭えない。だが、この本から佐伯一麦氏に触れるというのも決して間違っているとも思われないので剣呑である。私自身佐伯氏の年齢と自分を重ね合わせて、このような円熟味のある文章をどうやったら書けるようになるのか……と悩んでしまった。その結果は結局はもっと本を読んで色々な世界に触れるべきだという結論に達してしまったので、私自身もっと豊穣な日本文学のオールドスクールな世界に触れたいと思ったところ。まずは阿部昭の小説を読もうかとも考えている。佐伯一麦氏の著作、もっともっと読んでみたくなった。粗読で終わってしまった感のある読書だったが、メモ代わりに敢えて記録を残しておきたいと思った次第である。