読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

佐伯一麦『月を見あげて』第二集

月を見あげて 第2集 (河北選書)

月を見あげて 第2集 (河北選書)

 

河北新報金曜日に連載されている佐伯一麦氏のエッセイ「月を見あげて」が単行本として纏まるのは二冊目になる。さて困った。面白いエッセイ集なのだが、世間の方は佐伯一麦氏のことをさほど知らないのではないだろうか。私も読んだことがあるのは『ア・ルース・ボーイ』程度なので偉そうなことは語れないのだけれど、地味で渋い「私小説」の書き手であると語ればそれで分かる人には分かるのではないだろうか。つまり、「文壇」というところでは高く評価されているけれど一般の読者にとってはハードルが高いものを書き続けている方ではないか……と、ざっくり言ってしまえば「取っつきにくい」ものを書いておられる方ではないかと思われているのかもしれない。私自身佐伯一麦氏に関してはそのような地味で渋い、つまり面白くもなんともない(失礼!)「私小説」を書き続けている方だという偏見が離れなかった。

それが薄れて来たのが、この『月を見あげて』第一巻を読んだ時ではないかと思う。あるいは『麦主義者の小説論』(こちらは途中で挫折してしまったのだが)を読んだ時だったのかもしれない。そこに居るのは「取っつきにくい」文章でこちらを煙に巻く書き手ではなかった。衒学趣味をいたずらに振りかざすではなく、しかし豊富な読書量と生活に根差した地に足の着いた筆致で描く文章は誠実そのもので、だから読んでいて思ったのだった。この著者はその誠実さにおいて信頼に値する、と。『ア・ルース・ボーイ』を三島賞を受賞して以来ノーマークだったことを恥じさせられた。この作家の達成はいずれきちんとした形で追い掛けたいものだ……そう思っていたところに今回のこのような第二集が刊行されるということになったのだった。

読んでいて思うが、著者のスタンスは誠実そのもので「私小説」を書く人間にありがちな露悪趣味的なところがない。生活の隅々までを律しているのだろうなというきちんとしたスタンスが見て取れる。毎週着実に積み上げられるエッセイたちはざっくり言ってしまえば日常の些事なのだけれど、別段それをエンターテイメント的に読ませるというデーハーさはない。説経節や嘆き節というのが含まれているというのでもない。自己啓発書的な分かりやすい結論を探して読むと空振りに終わるだろう。ただ描かれているのは日常の出来事……しかし/だからこそ読ませるのだ。それはその説経節のなさが、良い意味で高踏的ではないところから来るのかもしれない。何度も書くが地に足の着いたところから、同じ地平に立ったところから読ませるのだ。

著者は豊富な読書の中から縦横無尽に様々な文筆家のエッセイ/小説を引っ張り出して来る。今パラパラとめくってみて目についたのは吉田秀和の文章だったが、もちろんそれ以上にサンプリングソースは多い。それらは著者にとって血となり肉となる読書から来る賜物なのだろう。必要以上に知識をひけらかさない、エリーティズムが鼻につかない……それを「地味過ぎる」という理由で拒絶するのも可だろう。私はむしろその、自分にとって血肉化された文章だけを縦横無尽に引っ張って来て己自身の日常と重ね合わせて語るあたりに共感のようなものを抱いてしまった。これは是非第三集も読まねばと思った次第である。

著者が映したカメラの画像が入っているところも見逃せないだろう。カメラは著者の言葉が示しているところ、あるいは示せないところまで含めて切り取って見事に表現している。著者の佐伯氏が聞いたら立腹されるだろうが、写真があってこそ文章はその旨味を増す。写真の出来はプロのそれにはなるほど及ばないかもしれないが(下手、と言いたいわけではない。念の為に)、端正で無駄のない筆致で描こうとしているものを補う役割を果たしている。だから読んでいて目の保養にもなるし読んでいて楽しいのだ。それ故に一編一編が丁寧に描かれているにも関わらず(だからこそ?)、余韻に浸るとともにもう一編読みたくなる。そんなクセにさせる力があるように思わされる。

長年に亘って書き続けられて来たこのエッセイ集は、言わば著者の日記のようにも感じられる。日記……些事を書き続けるだけ(むろんアスベスト禍など、社会派的なトピックに言及することがないわけでもないのだが)。それが根気強く書かれて纏められてこのような形になったということだ。河北新報出版センターというマイナーなところから出版されているということもあってなかなか手に入りにくいが、しかし読まないで居るのはもったいないことだろう。悪く言えば「私小説」作家にありがちなデーハーさはない(これはさっき書いた通りだ)が、その地味さが逆にクセになる面白さを孕んでいると言える。これは是非読まれる必要があるのではないか。そう思いこの駄文を綴ってみたのだが如何だったか。読者諸賢の判断を仰ぎたい。

出版不況の折、マイナーな地方の出版社が頑張っているという話は何度も耳にした。個人で立ち上げた出版社が野心的な取り組みをしているのだ、ということを……それとは話は少しズレるかもしれないが、この書物も地方での作者の頑張りが着実に実を結んだ形となって現れたものであると見做すことが出来る。これを「通」(と、自分で言うのもなんだが)だけに独占させておくのは惜しい。例えばここで試し読みが出来るサイトをご紹介したいのだが、出来ないのが痛いところだ。例えば寿司職人がシャリの一粒一粒まで丁寧に握ってこちらに渡したお寿司のような、小作りだけれど職人芸の賜物として成立しているこういった作品集がもっと読まれることを祈りつつこの駄文を閉じたい。