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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

古井由吉『杳子・妻隠』

杳子・妻隠(つまごみ) (新潮文庫)

杳子・妻隠(つまごみ) (新潮文庫)

 

読むのは二度目になる。読み返しながら思った。こんなに色っぽい小説だったのか、と。

手元にある帯には、古井由吉氏の愛読者として知られる又吉直樹氏のコメントが寄せられている。「脳が揺れ比喩ではなく実際にめまいを感じました」と。その通りだと思う。読みながら、感覚に訴え掛けてくる何物かを強く感じた。ここまで明晰に全てを語り尽くさんとしている小説というものが他にあり得るだろうか、と。恐るべき小説だと、再読して強くそう感じられるようになった。

「杳子」のあらすじを粗く述べるなら、次のようになる。主人公は山中で杳子という女性と出会う。彼女は神経を病んでいた。杳子との日々が綴られる……それだけと言えばそれだけのスジである。しかし、それが古井由吉氏の手に掛かれば、こんなにも異様で濃厚なエロスを湛えた世界になるのかと驚かされる。官能小説というわけではない。具体的な性描写は全く出て来ない。にも関わらず、読みながら(迂闊にも初読の際には気づかなかったことなのだけれど)杳子という女性の存在の生々しい肉感が、触れたらそれと分かるかのように伝わって来るのである。

これ以上なにを書いたらいいものだろうか……ここで言葉が止まってしまう。パラパラと読み返し、杳子という女性の神経質なところが事細かく描写されていることにたじろいでしまう。古井由吉氏は「内向の世代」の代表として扱われて来たという。政治の季節から遠ざかり、己の内面を見つめる作家……そのような意味なのだろう。確かにそれは認められる。しかし、その「内向」の態度は並のものではない。じっと、恐るべき丁寧な視線で心理は見据えられ、そして繰り返しになるがそれが緻密な筆致によって綴られる。この上なく明晰に全ては語られる。その点に関して、私は驚嘆の念を禁じ得ない。

狂気を孕んだ杳子という女性の存在は、読み終えた後でも生々しく残る。読みながら村上春樹氏の『ノルウェイの森』を想起させられもしたのだけれど、しかしその濃密さや質はまた異なって来るものだ。『ノルウェイの森』の直子の狂気がどこか洗練された、こちらにも容易に共感可能なものであることに比べると、杳子の狂気はこちらの理解を超えたものであることに気づかされる。どちらが優れているかとかそういう問題ではないのだけれど、杳子の狂気にはどこか粘り気がある。おかしな表現だが、そう語るしかない。他に言い表す言葉を私は持たない。

妻隠」は「杳子」とはまた異なる。単なる夫婦の関係を描いたもので、個人的には「杳子」よりも数段落ちる出来であるように感じられる。しかしひっそりと世間から隔絶したかのように(もっとも、主人公の寿夫は勤め人で単に体を壊して会社を休んでいるだけなのだけれど)暮らしているふたりの姿もこれまた生々しい。脇役のヒロシの存在感も忘れ難い逸品であるように感じられる。どちらも、古井由吉という作家の特質を良く表したもののように思われてならない。

古井由吉氏が現代において最高峰の位置に達している作家であることは多くの方が認めるところだろう。若き日の古井氏が書き記した『杳子・妻隠』を読むと、後の作品(もっとも、私は不勉強にして最新作の『雨の裾』などは未読なのだけれど)にまで広がる豊かな世界の萌芽が既にここにあったのかと驚嘆させられる。『杳子』が 70 年代初頭の作品だからもう 35 年近く昔の作品ということになるのだろう。そこから一貫してブレずに己の世界を展開させて来た氏の粘り強さには改めて尊敬の念を禁じ得ない。近年の作品に感じられるような難解さはここにはないので、初めて古井由吉作品を読みたい方はここから入って行けばいいのではないか。

いやそれにしても、実に克明に全てを描き切っている作品だ……さっきから結局同じことしか言っていないのだが、これが正直な感想なのだから仕方がない。心理は手に取るように感じられて、杳子の持つ狂気がこの上なく鮮明にこちらに印象を残す。「身体に直接影響を及ぼす小説があることに驚きました」……又吉直樹氏は帯文でこう記しているが、その通りだと私も考える。迂闊に体調の悪い時に読めばこちらも杳子の狂気の淵に引きずり込まれかねない危険な書物だ、と。これが大袈裟な言い方でないことは読んだ方なら納得して下さるだろう。

一度目に読んだのが何時のことだったか忘れてしまったし、読者としてそんなに記憶力が良い方でもないので、殆ど初めて読むのと一緒のような読書になってしまった。いや、本当に恐ろしい作品を読んだものだとつくづく思わされる。さっきから手を変え品を変え同じことしか書いていないのが読者としての情けない限界というものだが、読み終えた後でも杳子のその狂った佇まいはぼんやりと印象を残してなかなか忘れさせることはない。そんな杳子に立ち向かう主人公の凛々しい姿もまた印象的だ。改めて敬服させられながら、私はこの二作から成る作品集を読み終えた。