踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

樋口伸子『本の瓶詰』

本が好き!」さんからの献本です。 

本の瓶詰

本の瓶詰

 

今でも行われているのだろうか。瓶の中に手紙を入れてそれを海流の中に流すという営みが行われていたことがあった。その瓶は当然海を渡って遠いところに届く。誰がその手紙を読むのかは分からない。それどころか、瓶自体が誰かの手に渡るという保証すらない。沈んでしまうか岸壁や岩にぶつかって壊れるとかそういうこともあり得る。だが、稀に(私はやったことがないので分からないのだが、恐らくは本当に「稀に」)誰かにその瓶は届く。そこから返信が訪れて、場合に依っては文通が続く……そういう無謀と言えば無謀でロマンティックと言えばロマンティックなことが行われていた時代があったのである。本書のタイトルから私はすぐにそのような営みのことを想像してみた。

著者は九州で生まれ育った詩人であるらしい。本書は氏が読まれた作品(概ね当時の新刊)について書かれた書評を集成したものである。「45年余」の長きに亘って書かれたレヴューから厳選されたものが一冊の本となって凝縮されている。著者に関する知識などなにもないまま、つまり著作を読んだどころか名前さえグーグルで検索しないまま読んでしまったのだけれど、その読書は果たして正解だったのかどうか。ひとつだけ確実に言えることは、著者がそのようにして勇気を振り絞って放たれた「本の瓶詰」はなにかの縁で私のところに確実に届いたということだ。その僥倖をまさに有難く思う。こういう機会がなければ読まなかった本だろうから(失礼!)。

著者はしかし、自らが「詩人」であることを控え目にしか主張しない。それどころか「ただの本好き」と自称しておられる。プロフェッショナルな「作家」などではない、と……つまり私たちと同じ地平に立って、必ずしも仕事としてではなく本を読むことの愉悦に浸ることを楽しむからこそこうした書評を書いているのだ……ということまでハッキリと書かれてはいないが、著者の姿勢は恐らくそうした「ただの本好き」であること、良い意味においてアマチュア(愛好家)であることを目指しているのだろう。それ故にこちらも肩肘張らずに読めば良いのだ。実際、それほど力んで読むような本ではない。文章は至って柔らかくて平易だ。

そこで展開されているのは果たして、読む者を必ずしも唸らせるような渋い(悪く言えば「気取った」「お高く止まった」)チョイスというわけではない。むろん著者の審美眼の鋭さを疑うつもりはないが、意外な本を読んで意外なことを捻り出してみせたというようなイヤミなところはない。誠実に、なおかつ生真面目に書評が書かれている。その点で私自身は本書に関して例えば「狐の書評」を連想しながら読んだのだけれども、良く言えばそんな珍奇さでこちらを惹きつけようとするトリッキーなところはない。悪く言えば生真面目に過ぎるのでもう少し書評に「遊び」があればと惜しく思わなくもない。そのデーハーでないところを美点と捉えるか退屈と捉えるか、賛否は割れるだろう。

だが、書物に対する愛は鬱陶しくなく伝わって来る。先にも書いたがマニアック/アカデミックな言葉遊びや「蔵書家」に媚びを売るような姿勢は見当たらない。ちょうど板前が俎板の前に立って鮮魚を捌くように、ひとつひとつの文章を丁寧に読み取りそこから自分の言葉を編んでこちらに渡してくれる。特に、やはりと言うか氏と同じ「詩人」の言葉を評した文章に読み応えを感じる。あるいはレイ・ブラッドベリのような作家の持つ詩才を注目して読んでいる箇所が個人的には味わい深いと感じられた。私は詩を書く能力も読む能力もないので、だから余計に氏が「詩人」であることに拘泥した読みになってしまったかもしれない。反省と再読が必要だろう。

私自身は書評ならこれまで色々なライターのものを読んで来た。先述した狐や山崎浩一氏、豊崎由美氏や池澤夏樹氏……そういう書き手のものと比べると繰り返しになるがその「読ませる」技芸において単調過ぎるというか、一本調子という感は否めない。もっと砕けたものがあっても良かったのではないか。だが、逆に言えば長年に亘って同じ質のものをブレずに書き続けられて来たということをも意味するので、インスタントに書評が書かれ読まれ忘れられる時代においてこのブレなさは貴重であるとも思う。だから時流を反映したものも収められてはいるが(例えば『サラダ記念日』は今では誰が読むのだろう?)、懐かしさや古めかしさを感じさせない。エヴァーグリーン、と言えば過褒だろうか。

氏が信頼出来る読み手であることは、ウィリアム・トレヴァージュンパ・ラヒリから阿部謹也村田喜代子氏をチョイスしているところからでも伺える。その意味で本書がもっと読まれるべき一冊であると言える。たまたまなにかの縁で本書の「瓶詰」をキャッチした身としてはその「読まれるべき」というところを強調してひとりでも本書の読者が増えることを願っているが、それは遂に叶わないかもしれない。樋口氏のキャリアの集大成となる本書を読み、個人的には氏の詩作について知りたくなった。例えば小池昌代氏のような詩人が好きな方なら、その言葉の柔らかさと女性らしい(と書くと失礼か?)円やかな雰囲気を堪能出来るのではないか。私は「本好き」でもなんでもないので偉そうに語る資格もないのだが、「本好き」という言葉にピンと来る方なら読んで得られるものは多々あるはずだ。