踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

十河進『映画がなければ生きていけない 2003-2006』

映画がなければ生きていけない 2003‐2006

映画がなければ生きていけない 2003‐2006

 

現在五巻まで出版されている『映画がなければ生きていけない』シリーズの第二巻目が本書となる。以前に第一巻目『映画がなければ生きていけない 1999-2002』について書いたことがあるが、本書もやはりと言うか大著である。六百ページ近くある分厚さで、しかも活字二段組。読んでも読んでも終わらない。だから本書の読書は時間が掛かるものとなってしまった。三ヶ月かそれくらいは読み通すのに時間を使ってしまったのではないだろうか。しかも他の本と併読して、スキマ時間に一編一編の本書所収のコラムを読み進めて行ったのだ。じっくりそれだけの時間を掛けて味わうことが出来たのは幸せなことだった。だけれどさて何処から本書の「書評」を書けば良いのだろうか?

前巻もそうであったように、一回のコラムについて少なくとも一本は映画について言及される。それを可能足らしめるのは言うまでもないが映画に関する該博な知識があってからこそに他ならない。五十代に差し掛かっておられた当時の十河進氏は、十代の頃から映画が好きでタイトル通り「映画がなければ生きていけない」人生を過ごされた方である。柔軟に知識を引き出しながら、その時その時に感じたことを例えば身辺雑記から政治情勢(これも、そんなに大上段に構えるものではなく地に足の着いた視点から語られるのだが)に至るまで語っている。一編一編は結構長い。毎回毎回手を変え品を変え工夫を凝らしながら、最新の映画から過去の映画――例えば氏が偏愛するジャン=ピエール・メルヴィルの映画など――に至るまでを材料に、様々なことが語られる。

その「様々なこと」は広く括ってしまえば「人生論」ということになるのだろう。「人生」をどう生きるか。仕事にどのように取り組み、プライヴェートをどのように過ごすか……こういう風に書けば自己啓発書の類かと思われるかもしれないが、もちろん違う。説経節はない。十河氏自身がその時その時の自分の生き方に対して自覚的に真面目に考えて、その場で出た結論をなぞるようにして生きておられる。その意味で一編一編のコラムは十河氏の決意表明のようにも読み取れる。自分はハードボイルド小説と映画とジャズに導かれて、こんな風に生きるんだ……あくまでそれは個人の――十河氏は「僕」という一人称を使うが――私感に過ぎない。だからこそ生まれる美徳もあるが、こちらを動かすような分かりやすい断言はない。そこは評価が割れるところだろう。

生死について、人生について、子育てについて、政治について、恋愛について、夢を追うことについて……現在でもブログで書かれ続けている(その意味ではライフワークと言っても過言ではない)このコラムを読みながら、あくまで十河氏の「私感」でしかない言葉に何故突き動かされるのか考えてみた。それはやはり、こちらと視線がさほど違わないからではないかと思う。陳腐な表現で嗤われるかもしれないが、こちらに寄り添うようにして十河氏のコラムは――さながら小津のカメラ、あるいはトム・ウェイツの音楽のように――書かれる。お高く止まったところはない。知識をひけらかすようなイヤミなところもない。十河氏も悩める一個人/小市民として生きている。しかし、確実に挟持を持って生きておられる。その等身大の姿勢がこちらの心を掴むのではないかと思う。

読みながら、映画がここまで人を動かすものなのかと毎回唸らされてしまう。私個人の話をさせて貰えれば、映画を観始めるようになったのがここ最近(せいぜい四年程度?)なので、知らない映画の世界がこんなにも沢山あるのかと唸らされてしまった。名画ばかりではなくジャンクなB級映画も観て語っておられる。それでこそ真の映画通と言うべき存在になり得る条件なのだろう。観たい映画が増えたことは確実である。最近亡くなられた鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』を観てみたいと思わされたのも本書に依るところが大きいし、本書で興味を持った映画は他にも数多とある。映画自体にもっと触れたいとも思ってしまった。

人生論である。本格的なシネフィルに依る映画評論ではない。むろん一本一本の映画について掘り下げが浅いというわけではないが、良かれ悪しかれ人を選ぶような書物ではない。自分の人生に迷った時、あるいは生きていることの意味や意義について考えたくなった時に、戯れにこの書物のページを繰って読んでみる。不思議とそこには求めていた答えが書かれていることが多いものだ。私自身、例えば伊集院静『大人の流儀』のような書物と並んで「いざという時」の読み物として本書を読んでいる。十河氏はそんなつもりはないかもしれないが、十河氏の佇まいに私自身襟を正せられて生き方を悔い改めたことも多々ある。なかなか自分の人生の主導権を握るところまでは行かないのだが、仕事に関するプロ意識など見習っているところは多い。

本書はシリーズ二巻目。だが、本書からシリーズに入って行くこともむろん可能である。書かれていることがどれほど平易かは既に述べた。だからあとは実際にページを繰って読んでいただきたい。私自身中年になってしまったこともあって、自分のこれからの後半のステージの人生をどう生きるべきか迷っているところである。これに関しては人生の先輩である十河氏の言葉が参考になり得るのではないか。その予感は恐らく正しいのだろうと思う。嬉しいことにこのシリーズはあと三巻残っており、順調に薦めば続刊も刊行されるようだ。十河氏の足取りを追いながら自分の人生をどう切り開くか考えたい……そう思いつつ私は本書を読み終えた。