踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

是枝裕和『海よりもまだ深く』

海よりもまだ深く [DVD]
 

「何処で狂ったんやろ私の人生」「勝負しろよ勝負」……こうしたフレーズが(良くも悪くも)明け透けに示している通り、これは大人のための映画である。少なくともこの映画に共感出来る十代の青年が居たとしたら(いや、二十代であっても)その人とは話が合わないような気がする。十代の内はもっと夢を追い掛けて欲しいし、それこそ「勝負」して欲しい。

橋口亮輔氏が、あるいはケン・ローチが取り組んでいることと同じことに(もちろん、彼らを模倣するのではなく是枝氏なりのやり方で)取り組んでいるように私には思われた。孤独死、貧困問題、格差の拡大……現代の日本を生々しく描き切った傑作ではないかと思ったのだ。ただ、評価は割れるだろう。浅田彰氏が橋口亮輔『恋人たち』を評して語ったように、そのベタなアプローチが悪い意味で「生真面目」に感じられるかもしれない。

個人的には「書く」という行為に興味を抱いた。この映画の主人公は文字通り筆耕で食っている。だが、彼の字は下手だ。この映画に登場する女性ふたり(つまり主人公の姉と元妻)が字が上手いのと比べるとこれは象徴的なことのように感じられる。文字が下手な人間は文字通り不器用に生きているように感じられるのだ。逆に言えば達者である人間はそれだけこの世に順応出来ていることになる。

「何処で狂ったんやろ私の人生」……このフレーズが私の胸に突き刺さった。ここからは完全に私論だ。私は自分の人生においてなりたいものについになれなかった。それを嘆いても恨んでもどうしようもないので諦めて生きている。それが大人になれたということなのか、それが果たして幸せなことなのかは分からない(誰に分かる?)。ただ、どんな理屈をつけても生きるしかない。『恋人たち』の三人がそれぞれ「それでも生きて行く」という選択を選んだように、生きるしかないのだった(橋口監督のこの映画に対する評価を読みたい!)。

私のルサンチマン(笑)はさておいて、人生にやり直しなど効かない。「今」を生きるしかない。そのあたりを小賢しく風俗を交えるのではなく本格的に(主人公がスマホの類を持っていないことも何処か意図的なことのように思われた)描いた作品として私は受け取った。『歩いても 歩いても』を拡大再生産させたかのような作品のように思われたのだ。そう言えばこの作品でも樹木希林氏は「母」として登場する。喋りが達者過ぎる YOU 氏が登場しなかったのは幸か不幸か。

是枝裕和監督は実に女性をチャーミングに描く。『海街diary』が傑作に思われたのは下衆な男っぽさというか助平心がなく(庵野秀明監督の対極か?)、女性たちが戯れる時間を描き切っていたからだ。そこにマッチョイズムはない。『そして父になる』を観直してみないと分からないが、この映画では男たち(父と子)は何処か「勝負しろよ勝負!」と夢を諦め切れないロマンティストであり(『奇跡』のふたりが「男の子たち」だったことは象徴的だ)、女性たちはサバサバとドライに生きている。女性は強い……なんて書いたらこんなご時世に叱られるだろうか。だが、この強かさが何処から来るのか、これは『花よりもなほ』を観たいところだ。

カメラワークについて言及していなかった。逆光で果敢に撮ろうとする姿勢はなかなか冴えている。是枝裕和監督の「光」に対する独自の感受性はもっと評価されても良いと思う。