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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

ナ・ホンジン『チェイサー』

むせ返るような暴力描写の陰惨さは良く伝わって来る。血と汗の匂いがする。これは只者ではない……そう思って前のめりになって観てしまったのだけれど、展開に無理を感じる。幾らなんでもあの場面で気づかないはずがない。「そこを見逃すのかよ」「そこでまだ生きてるのかよ」とツッコミどころも感じないでもなかった。韓国での実話がベースらしいので、そのネタ元の事件を知っている人にはその警察側の無能ぶり(あるいは官僚的な組織の体質がもたらす堅苦しさ)が理解出来るのかもしれないけれど、暴力に頼り過ぎているので如何せん裏社会での主人公とデリヘル嬢との関係が説得力を以って描かれていない印象を受ける。何故彼女に主人公の元刑事が執着するのか? それをもう少し踏み込んで描けば傑作になったのではないかと惜しまれる。いや、その血縁関係を超えた愛情もまた韓国らしいと言われればそれまでなのだけれど……韓国に関するこちらの無知が浮き彫りになった形か。

もう少し書く。ネタを割る。

この映画は真魚八重子『バッドエンドの誘惑』という著作で知った。ナ・ホンジンに関しては無知なもので(そういうことを言い出せば韓国映画に関して無知なのだけれど)、『哭声/コクソン』も評判が良いので観てみたのだった。

途中までは前のめりになって観てしまった。だが、途中からアラが目立つようになった。例えば主人公の元刑事のクズっぷりやそこから改心(だろう)してデリヘル嬢を救出するべく躍起になるその奮闘に説得力を欠く。いや「借金があるから」とか、「子どもが可哀想だから」という理由がそれぞれあるのだろうけれど、既存の裏社会のイメージに寄り掛かってしまい過ぎたきらいがある。いや、あれこそが「リアル」なのだ、と言われればそれまでなのだろう。だが、だとしたらもっと丁寧に、それこそアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ『BIUTIFUL』のように描いていれば……と惜しく思われた(『BIUTIFUL』を観直してみる必要がありそうだが、あの映画は既視感の強い情報をしかしたっぷりと盛り込んでいたから説得力があった)。

あるいは警察側の無能さもまたアラとして目立つ。ここで評価が割れるのだろう。監督としては官僚的な組織の堅苦しさを、そしてメンツを保つべく保守的に動く警察を描きたかったのだろう。それは分かるのだけれど、それでもなお「そこで見逃すのかよ」「そこで気づけよ」というツッコミどころがある。そういうことを言い出せば主人公を取り巻く状況自体「そこで逃されるのかよ」「生きてるのかよ」というツッコミもあり得るので、これは難しいところだ。実話をベースにしているとのことなのでこれもまた「リアル」なのかもしれないのだが……。

暴力描写は生々しい。それは認めたい。血と汗の匂いがする。俳優陣の演技は見事だと思う。例えば崔洋一血と骨』のような映画を彷彿とさせる迫力がある。逆に言えば、それに寄り掛かり過ぎている。ヴァイオレンスが好きな人には堪らないのだろう。あるいはバッドエンドが好きな人にも。もう少しその生々しさ(私でも殺戮場面は大丈夫だったくらいなので、そんなにグロくはないと思う)を削って、登場人物たちのキャラを掘り下げるべきではなかったか。猟奇犯罪の動機も裏社会の描写も既視感が漂う。その意味では韓国版の『セブン』のような映画だ(個人的には。デヴィッド・フィンチャー『セブン』もそこまで傑作だとは思っていない。少なくとも彼の後の達成を考えれば)。

とまあ、腐してしまったのだけれどそのアラは個人的に感じられたものなので下らない映画だとは思わない。こちらが韓国事情について知らないからこそ生じる問題もあるのだろう(子どもを介した、血の繋がらない男女の「愛情」「情念」のあり方、及びキリスト教事情など)。なかなか迫力のある映画だと思う。これはイヤミではなくそう思う。デビュー作でここまでの達成というのはなかなかないだろう。だからこれからもナ・ホンジンの映画は観て行くつもりである。ただ、ムダに暴力シーンが多いのでそれをもう少し……と思ったのだった。パッと見の迫力はあるのだが、それ以上のものがない……その点で惜しい映画。