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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

イ・チャンドン『シークレット・サンシャイン』

創作のような日常
シークレット・サンシャイン [DVD]

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イ・チャンドン監督『シークレット・サンシャイン』一度目。

ミヒャエル・ハネケを彷彿とさせられる……と書くとあるいは嗤われるだろうか。映画的無知を許していただきたい。しかし、ラース・フォン・トリアーダーレン・アロノフスキー『レスラー』のような傑作と同じように、これは反ハリウッド的というか、仰々しい表現をわざと抜いたタッチの作品のように思われたのだ。まあ、ハネケほど極端に長回しもロングショットも使われていないのだけれど……。

意地でも回想シーンを使うまいという断固とした姿勢と、あくまでリアリズムに徹して意地悪に展開させるその姿に私はハネケを連想したのだった。「厭な空気」を描かせたらこの人はかなり凄い。黒沢清氏よりもハネケ的というか……上手く言えないのだが、ともあれそういう映画だ。

鏡が頻出することに興味を抱いた。ネタを割るが、主人公は失意のどん底に居る時にキリスト教の救済を得る。そして神を意識するようになる。神が何処からか見ている……その「見られている」という意識が、例えば鏡が頻出することに依って浮かび上がっていると言えば大袈裟だろうか? 鏡は相手を忠実に投影するものである。従って鏡の中には自分しか居ない。鏡は否応なく自分と向き合わざるを得なくなるものなのだ。この「見られている」という自意識のあり方は『奇跡の海』的なものだろう。

救済について、安直な答えを用意しないことも素晴らしいと思った。聞くところに依ると韓国ではキリスト教の影響力は大きいという。このような映画を撮ったことはそれ故に挑戦的/挑発的な出来事であるだろう。神の信仰とは果たして救済なのか、誰を救済するのか……もう少し前半部で家族の愛を丁寧に描いていたらと思われる反面、このドライさが持ち味なのだと言われそうで悩ましい。

韓国映画は初めて。宇多丸氏が絶賛していたので観たのだが、確かに傑作だと思った。この乾いた質感に触れられたことは、なかなか得難い経験のように思われたのだ。今のところ差し当たって書くべきことはこの程度しかない。これ以上のことは想田和弘氏のツイートを読んで考え直すことにする。