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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

スマホが私にくれたもの(は「キリンが逆立ちしたピアス」ではない)その三

シンクロニシティー

シンクロニシティー

 

お題「スマホ」

前回の投稿のコメント欄で、千葉雅也『動きすぎてはいけない』について教えていただいた。実は未読なのだった。ドゥルーズは自分には理解出来っこないと敬遠していたのだった。だが、これは読まないわけには行かないだろう。それで早速用意を整えたところだ。この本と國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』を併せ読むことで見えて来るものもあるのだろう。

動きすぎてはいけない: ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学
 

それで、スマホについてもう少し考えてみるとこの本のことが気に掛かって来たのだった。

降りてくる思考法 世界一クレイジーでクリエイティブな問題解決スキル

降りてくる思考法 世界一クレイジーでクリエイティブな問題解決スキル

 

この本自体は(タイトルは危なそうだけれど)一時期流行った言葉を使うなら「Think Different」をどう行うかについて、つまりはヒット商品の開発のコツとしてどう着眼点を向ければ良いのかということから始まり、それこそ人生をどう生きるかという「思考法」にも目を向けられる。その意味では広く、そして嫌な言い方をすれば薄い人生論の一冊であるとも読める。これからの人生に迷っている人はブレイクスルーの切っ掛けを掴むために読むのが良いのではないだろうか。そう愚考する次第である。なかなか侮れない一冊だ。

さて、この本の中にアイデアを可視化(本書の言葉で言えば「見える化」)するという提案が出て来る。それまで形にしていなかったものを具体的に画像にしたり時間の工程表を作ってみたりすることだ。そうすればそれまで例えば一日なら一日の内のどれだけの時間がムダになっていたのかが分かる、というわけだ。簡単に言えば「一日の予定」「一日の記録」をライフログ的に作ってみるということであろう。

これに関してはスマホでその名も「ライフログ」というものがある。私はバッテリーを食うのでインストールしていないのだが、使ってみるのも手ではないだろうか。あるいは類似したようなアプリは幾らでもある。私は今のところリズムケアというアプリを使っている。使ったばかりなのでどう転ぶかは分からない。

play.google.com

スマホが便利だなと思うのは(スマホじゃなくても出来ることだけれど)こうした「見える化」をしてくれるところだ。それは別にライフログのような専門のアプリを入れなくても、例えば Instagram に育児の記録をつけている人もある意味では自分の子どもの成長を「見える化」していることに繋がるのだろうし、私のように映画や本の感想を書いている人間も居る。これもこれで映画鑑賞や読書の「見える化」を行っているわけだ。例えば「本が好き!」や Filmarks にまめに投稿するのも、自分が鑑賞/観劇したデータをまずなによりも「自分のために」残すことに他ならない。

むろん、これもスマホじゃなくても出来ること。それこそ高橋書店などの手帳を買って書いていれば良いのだ。私がそうしたウェブサーヴィスに登録するのは他人からの評価を聞いてみたいから、というのもある。自分の書いたものが読まれて反応があるというのは気持ちが良い。なんらかの快楽物質が出るのだろう。ニュースとして古くなっているが、例えばこうしたものがあるようだ。

www.lifehacker.jp

この記事自体は SNS について書かれたものなのだが、スマホとの結びつきでそれこそ「いつでも」「何処でも」 SNS に依って繋がれる場が出来上がったのだとしたらどうだろう、つまりスマホは快楽物質を絶え間なく与えてくれるものであるわけだ。それは「いいね!」に限らず、なんらかの炎上行為で目立つこと(悪目立ち)をも含むのではないだろうか。悪戯っ子が顰蹙を買って目立つ心理が快感を引き起こすのにも似ている。わざとお道化た素振りをして面白がるというのは太宰の昔からあったことではないだろうか。

そうなると「いいね!」依存になって(世の中のスマホ依存の何割をこの「いいね!」依存が占めるのかは分からないが)、それで日常が狂うというのも十分にあり得る。私が思うに、中毒物質を止めるのはひとりでは限界がある。断酒の世界で「ひとり断酒」は限界があると説かれるのと同じことだ。より強いなにかを快楽として楽しむことを推奨するか、なんらかのカウンセリングの類を受けないと対処出来ないのだろう。このあたりのスマホ依存についての本をもっと読んだり出来ないか否かと考えているところだ。