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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』

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お題「読書感想文」

ライムスター宇多丸の映画カウンセリング

ライムスター宇多丸の映画カウンセリング

 

読みながら思ったのだった。このような本を読むのは誰なのだろうか、と。

ライムスターの……という肩書きがなくても、もしかしたら「映画評論家」という肩書きだけで通用するのかもしれない宇多丸氏が行った「人生相談」を纏めたのがこの本となる。悩みごとに対してオススメの映画などを引き合いに出して回答を導いて行くというものだ。「人生相談」というものは相当に明晰で強靭かつ柔軟な思考が出来る能力がなければ務まらないだろう。通り一遍のお説教ではなく(そういうものを求める人も居るのだろうが)、相手の悩みの本質を見抜きそれをズバリ指摘する力がなければ務まらない。そのためには読解力も必要となる。ましてや映画を引き合いに出すのである。映画を相当観ていなければ底の浅さが露呈する。

読みながら唸らされてしまった。宇多丸氏が相当に映画に詳しい人物であることは知っていたが(氏の映画評に関しては異論もあるが、私など比べ物にならないだろう)、まさかここまで……と思われるほど多様なジャンルの映画を引っ張り出して来る。それも偏りがない。満遍なく、『スター・ウォーズ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』からマニアックな映画、ヒッチコックスピルバーグから近年の達成に至るまで幅広く映画について柔軟に触れられる。しかも凄いのは、その映画を引っ張り出す必然性のある「人生相談」となっているところにある。つまり、映画マニアがただ自己満足で映画を並べたわけではないのである。

このようなイロモノ的な企画の(失礼!)書物に対して私はあまり「人生相談」として面白いかどうかを考えずに、つまり映画について楽しく学びたいなという姿勢から臨んで読んだのだけれど本書はそもそも「人生相談」としてしっかりしている。質問者の人生観に対して鋭くツッコミを入れ、考察を練り、相手の問題点を解きほぐし(あるいは相手の悩みに適切な「カウンセリング」を施し)、そして映画について触れるのだ。映画が先にあって「人生相談」があるのではない。逆だ。本書は「人生相談」としてしっかりしており、なおかつ映画がそれに付随するのである。このような芸当は相当の IQ を必要とするだろう。宇多丸氏の思考の明晰さはライムスターのリリックを読んで知っていたつもりだったが、今回も唸らされてしまった。

だから思うのである。本書は「人生相談」として面白いのだ。だが、本書を手に取るのは誰なのか? 私のようなちょっと映画を齧って興味を持った人間から映画通の人物まで、「映画」に興味のある方が手に取るのだろう。しかし、そのような読まれ方をされてしまっては勿体無い。映画ファンでない方、映画を月に三本も観ないという方にこそ――私も最近は映画を全然観ていないのだが――この本を薦めたいと思うのである。本書が切っ掛けとなって映画に触れられるのであれば、これは幸せなことなのではないだろうか。しかし、ここで問題が浮き彫りになって来る。コストの問題で出来なかったのかもしれないが、せめて一本でも DVD のジャケットや映像写真が収められていれば……と思うのである。

つまり、本書は映画ファンでない人間にとって若干不親切な作りになっている。その作品が(『サウダーヂ』のような例外はあるにせよ) DVD で観られるのかどうか、監督は誰で主演は誰なのかをデータとしてさほど書き残していない(つまり、必要最低限のデータしか書かれては居ない)。もちろんそんなことをする手間もないほどに宇多丸氏は縦横無尽に映画を紹介して行く。一回の相談で五本くらいは紹介しているのではないだろうか。だからそんなことをしていてはコストの問題で追いつかないし、これくらいの情報を記したのだからあとはネットで調べてくれというスタンスがそうさせたのかもしれない。だが、画像というかヴィジュアル面でのこだわりが活かされていないことを残念に思う。

とまあ腐すようなことを書いてしまったが、それはあくまでも瑕瑾に過ぎない。本書は映画ファンだけに独占させておいては勿体無いくらい「人生相談」として良く出来上がっている。宇多丸氏は「辛口」なのではない。私は「辛口」なのだろう(つまり毛無し芸……じゃねーよ! 「貶し芸」だよ……が巧い人なのだろう)と思っていたのだけれど、なかなかどうして誠実で丁寧で礼儀正しい方だ。明晰な思考とノリの良い文体で繰り出すその鮮やかな回答はライムスターのリリックのように分かりやすく、かつ深い。だからこそ映画ファンでない方にこそオススメなのである。そしてだからこそ、映画ファンでない方を映画に引き込む作りにして欲しかった、と忸怩たる思いを抱いてしまうのだ。

たまに氏の情熱は暴走する。アイドル論で長広舌を振るうあたりは苦笑を禁じ得なかった。あとは『スター・ウォーズ』に対する思い入れも興味深い。とは言え悪い意味でマニアックな出来になっているのではなく、宇多丸氏のラジオ番組や批評にこれまで触れたことのない方でも、ライムスターの曲を聴いたことのない方ですらあっても映画に引き込むエンターテイメント性を備えていると思う。先述したように映画をもっと齧ってみたいと(のみ)思っていた私には思わぬ掘り出し物だった。本書に欠けているものがなになのかは書いたので、映画ファンでない方にこそ(私も「映画ファン」かどうかは疑問だが……)そのあたりの不親切さに目を瞑って読んでいただきたい。