踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

私のカバンの中身

デッキスアンドラムスアンドロックアンドロール

デッキスアンドラムスアンドロックアンドロール

 

お題「私のカバンの中身」

鞄の中に五冊くらい本を入れていそうだ、と言われることがある。実際にその通りでカバンの中は本で一杯なのだった。最近持ち歩いたのは十河進『映画がなければ生きていけない 2007-2009』と(これだけでも結構な厚さなのに!)真魚八重子『映画なしでは生きられない』、町山智浩『映画と本の意外な関係!』という本だったりする。それと長谷川町蔵『聴くシネマ×観るロック』という本。これでもうカバンの中はパンパンになる。だから他のものを入れられるゆとりなどないのだった。雨の心配さえしなければまあ OK というラインナップだ。

映画がなければ生きていけない 2007-2009

映画がなければ生きていけない 2007-2009

 
映画なしでは生きられない

映画なしでは生きられない

 
聴くシネマ×観るロック

聴くシネマ×観るロック

 

映画関係の本が並んでしまっているのは今映画に関して興味が向かっているからで、私には良くあることである。映画が頭に入る時期/活字が頭に入らない時期は活字でも、映画関連の本しか読まない。先日も書いた粉川哲夫+三田格『無縁のメディア』はその意味で興味深い著作だった。

無縁のメディア 映画も政治も風俗も (ele-king books)

無縁のメディア 映画も政治も風俗も (ele-king books)

 

私は本当に「お勉強」が大嫌いなので――発達障害についても「不勉強」を露呈している有り様だが――自分から前のめりになる心意気を作らないとなにも出来ない。仕事の場合は一応はモチベーションがあるので(「これだけ達成したら気持ちが良いだろう! 褒めて貰える!」的な)そのあたりラクなのだけれど、プライヴェートでは本当に怠惰な時にはなにもやりたくなくなる。ただダラダラ Twitter の画面を眺めて一日を過ごしたりするということもおかしくない。そんな時は、「まあ一杯のお酒に手をつけなかっただけでも良しとしよう」と思うようにしている。居直りというやつである(^_^;)

カバンの中身に話を戻すなら、裏返せば貴重なものはそんなに入れていないとも言えるのだった。普段はクレカその他は財布に入れて持ち歩くし、あとカバンの中に入れるものといえば筆記用具くらいかな、と。ただ、その筆記用具も全然使っていない。スマホがあればメモを取るのは簡単だし正確だ。こうやって人は漢字というものを忘れて行くのかな、文字が下手になって行くのかな……と思わなくもない。いつも言っているが、「怠慢」というやつである。そういうわけで手書きの日記も最近は入れている。とは言え立派な日記帳ではない。テキトーなノートだ。

こう考えてふと他の方がカバンの中になにを入れているのか知りたくなり、調べてみたら結構色々なものを入れて持ち歩いておられることが分かってなんだか情けなくなった。いやこういうことで人と比べること自体間違えているのだけれど、私ってつくづく本としか関わり合っていないな、と……そんなに読書が好きというわけではないのだけれど、本を持ち歩いていないと落ち着かないので必然的にミニマムな構成になってしまうのだった。整理術を必要としないのは私にとって幸運なことなのか不幸なことなのか、それを考えあぐねてしまう。

www.kabannonakami.com

いずれまたなにかの形で書くが、今のカバンは父から譲り受けたものを使っている。まあ、事務的でそっけないショルダーバッグだ。あまり(発達障害者だから?)身なりにこだわらない人間なのだけれど、まあ服自体は宇多丸さんが『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』で語っておられるように内面が外見に反映されるという考え方もあるのでカネに余裕が出来たら安い服でも買おうかなと思っているのだけれど、カバンはこれで充分だ。それで満足しているのだからなにを恥じる必要もないと考えて居直っている。