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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

貧乏人からひと言

創作のような日常
静かな生活

静かな生活

 

面白い記事を読んだ。

rootport.hateblo.jp

私は貧乏なのだけれど(笑)、それは己自身の怠慢に依るところが大きいのかもしれない。これまで合理的に節約を考えて来なかったツケというか……発達障害者は(またか、と思われるのかもしれないが)お金の管理が下手だという。それで悩んでいたところに先述した記事が現れて来たのだった。

自分の管理の下手さは、例えば入ったは良いが観ていないネトフリに延々と課金しているところからも来るのだろう。ネトフリの月額課金はたかが千円とちょっと。だが、その「たかが」がなかなか治せない。それが積もり積もって……というのもある。このクセが貧乏を招くのだなと思うのだけれど、なかなか治せない。

前はそれを「自分は発達障害者だから……」とか「中原昌也氏みたいな人も居ることだし……」とか言って誤魔化していたのだけれど、別に私が世間一般の「発達障害者」のイメージをなぞるように生きなくても良いのである。中原昌也氏にしても然り。だからこれは自分の怠慢、ということになって来るのだろう。

目の前に欲しいと思ったものがあったら我慢出来ずに買ってしまう……この衝動買いというのも重要な問題だ。ブログの書き手は「個人的な経験から言えば、この能力はトレーニングによって伸ばすこともできるだろう」と書いておられる。それがどうなのか。私はトレーニングをやったことがないので(笑)、これから家計簿でもつけて金銭管理をしっかりやって行くことにする、とまあそんな曖昧なことしか言えないのだった。

それに、消費することはなんだかんだ言って楽しい。お金を使ってしまう時、欲しいものが届いた時の快感は耐え難いものがある。実際はモノが届いてみると(私の場合は大抵本だが)読まない、使わない……ということもしょっちゅう。本に関しては長年寝かせた本がいつの間にか読むべき本として成熟することもあるので厄介なのだった。

件のブログでは、こんな言葉も綴られる。

貧困は自己責任ではなく、政府が責任を持って対処すべき──。マクロの視点では、この発想は完全に正しい。私がこの記事で問題にしたいのは、ミクロの視点だ。個人レベルの努力で、貧しさを遠ざけることはできるかどうか、だ。 できる、と私は思う。 

これはまあ、その通りだと私は思う。ただ、やはりそこは自助努力と言っても限界がある。本来不器用なためにお金の使い方に問題が生じてしまうパターンはどうしたってつき纏う。私からしてみればお金の無駄遣いとしか思えないお酒もタバコもネットゲームの課金も、本人が楽しいと思ってやってしまうのなら――それでストレスを感じなくなるのなら――それは「必要悪」とさえ言えるのではないか。そういうものを無理に奪ってしまうと、むしろ病理をより悪化させるとも言えなくもないからだ。これはムダ遣いの正当化だろうか。

貯蓄は楽しいものだ、とゲーム感覚で捉えられれば特に問題はないわけなのだけれど、でもどうしたって消費は楽しい。カネが失くなって行く時のあのカルマが落ちたような快感はなんとも言い難い。まあここで問題となっている「貧困」はなにも会社が破産したとかそういうものではなく日々の無駄遣いの話だと思うので、話を日常的な消費に絞れば「カネが溶けて行くとスッキリする」という人間も居るのである。それは貯蓄の楽しみを知らないためかもしれないし、日々を刹那的に生きさせる姿勢がそうさせているのかもしれない。

なにか具体案が出せるわけではない。これに関しては、私のような発達障害者に限れば「信頼出来る他人にお金の管理を任せれば良い」という方も居られる。お金に対して不器用だからそうなってしまうのだ、と。これは自己責任論で片づく問題ではないだろう。支え合いの姿勢が重要となって来る。

あるいは、浪費させてしまっているその諸悪の根源であるストレスをどう取り除くかだ。ストレスがあるからそういった浪費にハマってしまうとも言えるだろうから、メンタル面でのケアが必要となって来る……などということは「買い物依存症」という言葉でとっくの昔に説明がついてしまうので、これに関しても威張れたものではない。

とまあダラダラと書き連ねてしまったが……これは怠慢や無能を棚上げする危険な行為であり炎上を覚悟した上で書くが、その人の貧困はもしかしたら周囲がそう仕向けているとも考えられる。別に政府の無策がそうさせているとかそういう問題ではない。メンタルヘルス面で、あるいはそれこそ発達障害だからという面でそのようなことをさせてしまっているという……『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』で、悩みの問題は自分自身ではなく周囲にその原因が多く悩んでいる方はその周囲の歪みに敏感なのではないかと宇多丸氏が語っておられたが、それも一理あるのではないだろうか。

私に出来ることは、差し当たって「一日コーヒー一杯分のお値段でこんなことが出来ますよ」という謳い文句に釣られないようにするくらいかなと、そんなところだ。あとはスマホに無料の家計簿的アプリを入れてみるとか……そんなミクロな部分の努力からまずは始めようか、と。こんなセコい人間だから貧乏になるんでしょうかね(^_^;)