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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

ボーン・スリッピー

エヴリシング、エヴリシング

エヴリシング、エヴリシング

 

私は姫路駅前に行く予定があるので、バスを待っていた。私は車の運転が出来ないのでバスに乗るしか移動手段がないのだった。私の住んでいる場所はバス組合が幅を利かせているので、電車は発達していないのだ。

空は曇っていた。スマホの天気予報は今日が晴れることを示しているので私は傘を持たずカバンひとつでバスを待つことにした。同じバス停にひとりボーイッシュな髪型の女の子が立っていた。鄙びた田舎なのでバスを利用する人はそれくらい少ない。若いのに珍しいな、と思いながらそのバス停で女の子の様子を眺めた。腰にポシェットをつけている以外は手ぶらなので、意外と物を持たない「ミニマリスト」というやつなのかもしれないな、と私は思った。

やがてバスがやって来たので私はそれに乗った。女の子もそれに同乗する。女の子は私のふたつ前の席に腰掛けた。そしてバスは走り出す。バスの乗客は私と女の子を含めて七人くらい。これから姫路駅前に近づくに連れて乗客はもっと増える。

私はなんとなく外を眺めていた。車酔いするのでバスでは本は読まないのだ。それに外の景色を眺めているのは楽しい。飽きたらスマホを眺めるという過ごし方もある。私以外の年配の方でもスマホを持っている人が増えたようだ。バスのアナウンスは「ケータイ」をマナーモードにすること、ペースメーカーへの悪影響があることを訴えている。もうこんなアナウンスも聞こえなくなるのだろうな、と軽く考えていた。

するとバスの中で音楽が流れた。着メロなのだろう。私ではない。音は件の女の子から聞こえてきた。この音楽には聞き覚えがある。アンダーワールドの「ボーン・スリッピー」だ。女の子がポシェットからなにかを取り出し、それを耳に当てる。音楽が鳴り止んだ。「はい、もしもし?」と女の子は言った。

バスの運転手が言った。「お客さん、バスの中ではケータイは禁止やで」と。女の子は「すみません」と言った。そしてなにかに向かって「今バスの中だから、ちょっとあとにするね」と囁いた。するとバスは、運転手の不機嫌を示すかのように強引にカーヴを曲がった。座席が揺れる。女の子がそのなにかを落とした。私が慌ててそれを拾う。

それはサザエだった。

唖然としていると、女の子が「本当にごめんなさい」と言ってそれをポシェットに入れた。そして私に向かって言った。

「これ、彼氏専用なんです。彼氏が海難事故で死んだので、このサザエでないと連絡が取れないんです」

私はそれ以上そのサザエを見るのも失礼だと思い、「分かったよ」と言った。女の子は涙ぐんでいた。嘘ではないのだろう。そういうこともあるのだな、と思った。

姫路駅で私は『ギターポップ・ディフィニティヴ』を買った。今日の収穫はそれくらいだ。