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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

ディズニーランドへ

日常のような創作
Aquarius

Aquarius

 

「そうですね。平山夢明の『東京伝説』シリーズって読んだことありますか? あれに出て来る話と似たような話なんですけれど」

とその青年は切り出した。

「僕がとある団地に住んでいた時の話です。その団地は立地条件も悪くて……近くに大きなビルがあったので日当たりも悪かったのと、あとは道路に近かったので長距離トラックが始終行き来する音が煩くて……逆に住みづらいところでしたね。もちろんそれ相応の家賃でしたから払ってましたけれど」

酷くじめじめしていたことも印象に残っているという。

「体長一メートルくらいのナメクジを見たこともあるなあ……あれもまた軽い幻覚だったのかもしれないけれど」

幻覚?

「というのは、僕はある日幻覚を見たんです。やたら足音がするんですよ。トコトコ……って。なんだろうと思って……ネズミかと思って見てみたら」

ここから話がややこしくなって来る。

ミッキーマウスだったんです。あとミニーも居たな。彼らが壁から歩いて来たんですね。その後ドナルドとプルートと……ディズニーキャラクターが勢揃いって感じで……エレクトリカル・パレードの音楽も流れて来ました」

これはスマホで撮影しようとして部屋を探したところ。

「部屋が……僕の部屋は散らかってるんですけれど、本とか横に積んでるんですけれど……ディズニーランドになってました。アトラクションが色々あったんです。ローラーコースターとか、あとなにがあったかな……水が色々流れたりするやつ。僕はディズニーランドに行ったことがないんで、興味もないんで……ごめんなさい」

私もディズニーランドのアトラクションの名前を列挙せよと言われても全然言えない。

「あと『アナ雪』のエルサが建てた氷の城もありましたね。『ありのままで~』って」

兎に角部屋がネズミーランド、いやディズニーランドになってたことは覚えているという。

「肝腎のスマホもどっかに行ってしまって。だから写真を撮影出来なかった。どれくらいそうしていたかな。突然」

頬を張られたのだという。メガネを掛けているにも関わらず。

「『おい! 大丈夫か!』って。気づくと僕は部屋の真ん中で正座してました。微動だにしない状態で、目が死んでいたそうです。警察の人でした。パトカーのサイレンの音が鳴ってたんですよ。他にも何人もドカドカ居たな……カメラマンも居たんです。マスコミでしたね」

部屋は散らかっており、見られては困る薄い本まで晒されていたのが恥ずかしかったという。

「聞くと、他の住人も同じような幻覚を体験してるんですよ。『パプリカ』って映画知ってます? アニメですけれど」

私は観たことがあるので頷いた。

「じゃあお分かりになると思います。あんな風に冷蔵庫やその他の家具が行進している光景を見た人が居るらしいですよ。他にもぬいぐるみが突然喋り出したとか、位牌がスマホに見えたとか……みんな頭がおかしくなってしまったんですね。一時的に」

すぐにその団地の住人の奇行と異変に気づいた通りすがりの人間が警察に通報したのだという。つまり、団地の中でだけそういう現象が起こったわけだ。

「原因はなんだと思います? ……色んな説がありますが、僕が信じている説は水だったというものなんです」

彼曰く、自分は貧乏なので古びた給水塔の水を使っていた。飲水としても。

「その水の中に麻薬が混ざってたと睨んでいます。新種の麻薬でしょうね。海外でもアンダーグラウンドで流通されているような、相当高値のもの。それが大量に入っている。にわかに信じ難いことでしょう? これは大事件になりますよね。ところが」

蓋を開けてみると、そのニュースは報道されなかった。地元ローカル局でさえも取り上げなかった。警察も「事件性なし」とそれ以上捜査しなかった。

「僕が思うにこれは『箝口令』ってやつですね。なんらかの圧力が掛かったってことです。全マスコミが潮を引くようにサーッとこのニュースを取り上げなくなった。結局僕らの気のせいだろうって……」

ただ、彼の話にはどう見ても無理がある。何処か陰謀論めいた……。

「そう思われると思います。でも、僕は水だと睨んでいます。そういう水を飲まずに、つまりミネラルウォーターを使っていた家は幻覚症状があっさり落ち着いたそうですから」

バックにブランキー・ジェット・シティの「ディズニーランドへ」が流れる中、彼はこの話をそう締め括った。