読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

昭和喫茶

ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー

ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー

 

断酒会での話。今日は天皇の生前退位の話題で盛り上がった。

「昭和から平成に変わり、平成から今度なにになるのかな……そう言えば」と断酒会の講師の先生がアルコール関係の話題を一旦横に除けて仰った。「皆さん知ってます? 昭和喫茶っていうのが最近流行ってるんですよ。神戸に出来て……姫路にもオープンしたとか」と仰った。

あいにく私はそんな昭和喫茶のことなんて知らない。ネットでも読んだことがない。それで私が質問したところ、先生は仰った。

「なんでもジャズ愛好家にとってのジャズ喫茶、漫画好きな方にとっての漫画喫茶と同じで、『昭和』をこよなく愛する方の喫茶店なんですよ。貴方は昭和生まれですよね。何年ですか?」

私が正直に昭和何年に生まれたかを語ると、「それだったら昭和五、六十年くらいの頃の雰囲気ってまだご存知のはずだし、条件を満たしているからお店に入れますね。行ってみたら懐かしい風情があって良いですよ。特にナポリタンスパゲティが美味しいらしいんです」と仰られた。「ただ、注意が必要ですね」と。

その注意について訊いてみたところ。

「さっき言い掛けましたけれど、今の経営方針では昭和生まれの人しか入店出来ないんです。だから若者向けではないですね。そこでは平成になってから作られたものは全部ロッカーに預けないと行けないんです。もちろんスマホガラケーは御法度。持ち込めるカメラも限られて来る。だからなかなか写真もアップロード出来ないんです。それで話題になりにくいんでしょうね。そもそもそういう喫茶店なんで、あまりみんなでワイワイ盛り上がるようなスポットではないんですけれど」

なかなかマニアックなお店らしい。私はスマホの画面を開けて検索してみた。確かにそういうカフェは載っている。だが口コミサイトには情報は載っていない。

「使う紙幣も福沢諭吉夏目漱石は原則として使えないんです。あれ、僕も行ったことがないんだけれど……なんだったか。聖徳太子伊藤博文だったかな……ただ、それでカフェに入りたい人が増えてカフェの前でそういった紙幣が法外な値段で取り引きされるようになったらしいですね」

「そうやね」と他の参加者がそこで間に入って来た。甘木さんだ。「それで、今は一旦今の紙幣をお店の中で昭和時代の紙幣と交換するというややこしいシステムになっとるらしいね」

「良くご存知だ。行かれたことはおありですか?」と甘木さんに先生が話を振る。甘木さんは頷いた。ちなみに甘木さんは今年で喜寿を迎えるが趣味のウォーキングとソフトボールを欠かさないからお元気で、到底お酒に溺れていたとは思われない(大体断酒会にはそういう「呑んでたとは到底思えない穏やかな人」が多い。私もそのひとりであれば良いのだが)。甘木さんは続けた。

「私は行ったことありますよ。そういう交換というのは所謂ダフ屋対策というのもあるからね。ただ、価値のある旧紙幣を盗み取る不届き者も居るんやとか……前は硬貨も昭和時代に作られたものしか使わせて貰えなかったんです。今はさっき言うておられたように紙幣だけでなく硬貨も交換するシステムになりましたけどね」

「そんなことを言い出したら洋服も昭和に作られたものしか着られないから、そういうファッションはまあよっぽどのことがない限り OK ということになってるんですよね。ただ、昭和時代に流行ったものを着て行けば特別に安くなるそうなんで、古着を着たりしている人が多いですね。男女問わず。昔のベルボトムジーンズとか」と先生。

甘木さんは続けた。「店の雰囲気をぶち壊すまいとそこは客も気を遣ってるんでしょうね。店内の音楽も変わってますね。僕らの時代は CD ではなくレコードの時代でしたからね。だから音楽もレトロと言うのかな」と言って私の方を見た。「だから貴方の時代の音楽はなかなか流して貰えないんですよ」

私は辛うじてイエロー・マジック・オーケストラ戸川純に間に合う時代だ。ドリフのあのノリも覚えている。だから昭和の尻尾を掴んだ世代と言えるだろう。後追いで P-MODELフリクションを聴いたりもしているので昭和のノリもそれなりに知っているつもりである。

「とことん凝るところは凝っとるね」と甘木さん。「昭和時代に刷られた本しか持ち込めんのですよ。消費税って、あれ平成から使われるようになったんやね。だから税込みの商品はカヴァーを厳しくチェックされる」

「そうそう。その辺、貴方みたいな読書家にはキツいかもしれないですね」と先生(私は読書家ではないのだが……)。

甘木さん曰く「だから近所の図書館や古本屋が繁盛しとるっていう噂やね」と。「今度は図書館の本が盗まれて迷惑しとるとかしとらんとか。貴方の家には、お父さんお母さんの時代に飾られとる世界文学全集とかああ言うのはあるの?」

「ありますよ。私を含めて誰も読んでませんけど」と私は言って笑った。姉が残して行った旺文社文庫も五十冊くらい揃っている。

「だったらそういうのを持って行ったら歓迎されるね」と甘木さんは仰った。「安くして貰えるかも分からんよ」

「今そのお店で流行ってるらしいのが、なんだと思います?」と先生が私に向かって仰った。昭和のトレンドは実は良く知らない。すると仰った。「ルービック・キューブだそうです。もうスマホは弄れないし本もなかなか読めないしで、だからルービック・キューブをカチカチ回してるんですね。テーブルのインベーダーゲームを楽しんでいる人も居るみたいですけれど」

それで私は今度、近所の図書館で借りた村上龍の『限りなく透明に近いブルー』のハードカバーを持って昭和喫茶に行ってみることにした。「それでは、長くなりましたが帰りにはお気をつけて」と先生は仰った。

そういうわけで、今度の休みに時間が取れたら昭和喫茶に行ってみるつもりである。