踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

ダンサー

Is

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「昔、酔狂で同人誌を作ってたことがあるんですよ」と多聞さんは言う。その日もひと通りゲラの制作が終わり、校正の作業も抜かりなく隅々までチェックした。最終的にこれで良いというものを作り上げると、一段落したということでひとりで祝杯を揚げるために近所のコンビニに行ったのだという。

「そもそもそんなに沢山刷ろうとも思ってなかったんですけれど……でもお客さんにお金を払って買っていただくものですからね。手は抜けません。だから出来上がった時の喜びはひとしおでした」

それで歩いて片道十五分は掛かる夜道をコンビニへと向かっていたところ、途中でトンネルに差し掛かった。結構長いトンネルだ。持っていた懐中電灯を照らして前方を確認する。すると光が人影を捉えた。誰かが路上に三角座りしている。深夜とは言え危ない。転んだか、それともしたたかに酔っ払ったかで動けなくなったのではないか。多聞さんはそう思い近づいて行った。

そこに居たのは制服姿の女の子だった。多聞さんよりももっと若かったというから高校生か……十代後半なのだろう。もっと幼かったかもしれない。多聞さんはそう考え、「どうしたの?」と声を掛けた。いつもなら見て見ぬ振りをして過ごす案件だが、流石にこの事態を黙って見ては居られない。

「ちょっと目眩がしたの」と彼女は言った。黒髪を背中まで伸ばした楚々とした女の子だった。

「『けいおん!』に出てる秋山澪みたいでしたね」

そう多聞さんは言う。それで、彼女を乗せて自転車でトンネルの外まで出ることにした。連れて出ると彼女はペコリと頭を下げた。多聞さんは彼女に缶コーヒーを一缶奢ったのだそうだ。多聞さんは缶ビールを空けた。多聞さんが同人誌を作っていることを教え、持っていた中から掌編を選んだ何ページかを読んで貰ったところ、彼女は感心していた。

「小説のことは良く分からないけれど、どれも世界が凝縮しているようで面白いです」

それは多聞さんは褒め言葉として受け取ったのだという。そして、多聞さんは彼女がトンネルの中でなにをやっていたのかを訊いた。

「実は私、プロのダンサーになりたかったんです。それで、トンネルの中で踊ってたんです」

「幾らなんでも危ないよ」と多聞さんはビックリして言った。トンネルの中でこないだも女の子がひとり轢かれて亡くなったという話を聞いていたからだ。

女の子は言った。「公園で踊るのも恥ずかしくて……でも良ければ、多聞さんに踊りを見て貰いたいんですよ」

それで、迷ったのだがまたあのトンネルの中で踊ることになった。トンネルの中にも一応照明はある。その光に照らされて、車に轢かれた女の子を痛む献花が置かれているのが見える。その献花の前で彼女は踊り始めた。スイスイと身体が軽く動いている。目眩をしていたというのは嘘だったかのように身体が軽やかに動く。

「そのあたり、不思議な話ではあるんです。でもそういう矛盾? をねじ伏せるだけの力が彼女の踊りにはありましたね」

それほど見事な踊りだったという。身体がさほど激しく動くというわけではなく、優雅にゆっくりとテンポを保って動いているのに有無を言わせない迫力があった。多聞さんは見惚れてしまったのだという。ひと頻り踊ると、彼女は言った。

「どうですか? 私の踊りは」

「良かったよ」と多聞さんは言った。「とても良かった」

「多聞さんの作品と同じくらい面白かったですか?」

「僕の作品なんて比べ物にならないよ」

「私、多聞さんみたいな才能がなくて」

「才能なんてどうだって良いよ。僕は才能なんてものは信じていない。努力に勝る天才なしって言うけれど、要は何処まで目の前の事柄にのめり込めるかが勝負なんじゃないかな。僕も君のダンスを見て頑張ろうって思った。それが全てなんじゃないかな」

すると彼女は笑って言った。「有難う」と。

 

ふと背後から「おい君、なにをやってるんだね」と声を掛けられた。振り向くと警官が立っている。多聞さんは道路の真ん中に座り込んでいた。気がつくと女の子の姿も雲散霧消している。女の子が居た気配すらなくなっている。

「こんなところに座っていると迷惑なんだがね。命は大事にしなさい」

それで多聞さんは立ち上がった。そして自分の過失を詫び、ふともう一度献花を見る。その献花の萎れ具合を見て、彼女の正体を悟ったのだった。

「次の日に献花を取り替えに行きました。僕の作品を読んでくれたお礼と、僕にダンスを見せてくれたお礼です」

多聞さんは今は小説を書いていない。いずれまた書こうかと考えているそうだ。