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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

神対応

ドリームフィッシュ

ドリームフィッシュ

 

うとうとと午睡していたら、「ドクター中松氏から苦言を呈された人間は神認定される」という妙な夢を見た。司会は和田アキ子氏で明石家さんま氏が登場する夢。

夢の中で見た出来事を素材にお粗末なお話をひとつ。中華人民共和国のとある村の出来事。その村にある蕎麦屋がオープンした。中国風の蕎麦屋なので当然中華蕎麦、つまりラーメン屋だ。

中華蕎麦屋の亭主と女将は優しい人で、ニコニコしながら「うちは料理はお客様の好みに合わせてお作りしますよ。中華蕎麦は三種類の素材で成り立っています。麺、スープ、具材。どれをどの割合で入れるか、お客様が決めて下さい」とお客様に応じていた。最初は当然客は好き勝手を頼むことになる。それで亭主と女将もそれに応じて「はい、麺五割具材三割スープ二割」「はい、麺二割具材四割スープ四割」とひとりひとりの我儘に応じていた。最初はそれで店が巧く回っていた。

ところが、その姿勢が評判を呼び店は繁盛するようになる。すると亭主と女将は沢山やって来るお客様の「はい、麺八割スープ一割具材一割(ここまで来ると最早焼き蕎麦だ)」「はい、麺一割スープ一割具材八割(この人は人の良い亭主と女将につけ込み、ご飯を持参して具材だけをいただこうという腹積もりだ)」とムチャな注文にも応じなければならなくなる。そうなって来ると亭主と女将は苦しいだろう。だが、それでもその対応を止めなかった。神対応というやつであろう。だが、当然無理は味に現れる。味を落とすまい、しかし我儘にも応じなければならない。どうすれば……と対処していた亭主と女将は悩んでいた。

そんな神対応ぶりに感心し、次第に亭主と女将の苦労が味に落ちて来ることを悟った客の側もどうしたら良いのか悩んでいた頃、子どもたちが「それぞれ三十三パーセントで良いですよ」と注文するようになった。つまり麺、スープ、具材をそれぞれヴァランス良くいただこうと決めたのだという。亭主と女将もホッとして、「はい、麺スープ具材それぞれ三十三パーセント」と応じるようになった。つまりヴァランスの良い、無理のない蕎麦が作れるようになったわけだ。

その子どもたちの注文ぶりに感心した大人たちも、子どもたちのその注文を真似るようになった。ひとりずつ「私は麺スープ具材三十三パーセントで」「僕も麺スープ具材三十三パーセントで」と注文するようになり、それが次第に広まって行き「三十三」というのが店の愛称というかキャッチコピーみたいに使われるようになった。長いのは面倒なので次第に皆が「私は三十三」「僕も三十三で」と、三十三という言葉が合言葉みたいになり始めた。亭主と女将はお客様のその配慮に感謝し、更に味に磨きを掛けるべく精進するようになった。店はますます繁盛する。終いには「さんじゅうさん」という言葉すらも長過ぎるので「みそみ」という言葉が使われるようになった。「私はみそみ」「僕もみそみで」と。

時の皇帝がその店の評判を聞き、皇帝もその蕎麦を食べたいと思い亭主と女将を宮廷に呼んで蕎麦を作らせた(流石に蕎麦は作り置きが出来ないし、皇帝が自ら店に赴いて食事をするというわけにも行かないのだった)。蕎麦を作るにあたって「憚りながら蕎麦は麺とスープと具材という三種の神器から成り立っております。私共はそれぞれをお客様のお好みに応じて作っております。皇帝は麺、スープ、具材それぞれをどれほどの割合でお食べになられますか?」と亭主と女将は尋ねた。

皇帝は「うむ、お前たちのその配慮、あくまでも客を選ばず注文に応じる律儀な姿勢は実に立派である。しかし『郷に入りては郷に従え』という。儂もその『みそみ』で食べよう」と笑って注文された。その皇帝のまさに有難い言葉に感謝した亭主と女将は、それぞれの要素が三十三パーセントになったものを丁寧にしかし素早く作り皇帝に献上した。もちろん一般人に向けて作っているのと同じ具材とスープ、そして麺を使って。

皇帝は「蕎麦は素早さが命。いちいち毒味などしているヒマはない。お前たちのような者がよもや毒など入れるはずがない。即座に儂が自らいただこう」と毒味を介さずにそのまま出来立ての蕎麦を食べた。そして「うむ、美味い」とその庶民的な蕎麦の味を堪能された。皇帝から太鼓判を押されたことで店は更に繁盛し、店の挨拶として「みそみでお願いします」「ではみそみで。はい、こちらがみそみでございます」という言葉が定着した。終いには困惑する亭主と女将を他所に弟子入りを志願する者まで現れたのだという。

この話の難点は(挙げて行くと他にも山ほどあると思うが)、「中国にも『パーセント』という概念が広まっているのか」という点にある。