踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

光って見えるもの 二題

グレイテスト・ヒッツ[ワーク 1989-2002]

グレイテスト・ヒッツ[ワーク 1989-2002]

 

「学生時代に南米を旅していた時の話です。とある国の高原でしたね」と彼は切り出した。

「標高何千メートルある山々を登るんです。季節は夏でしたがそれでも肌寒かった。随分高いところまで登ったことを覚えています。今みたいにスマホで位置情報を知るなんてこと出来ないから、現地のガイドの方に案内して貰ったんです」

旅慣れている彼だが、流石に高山病がキツかったという。

「それでも雄大な山々の岩肌が剥き出しになっている光景は見応えがありました。頭がクラクラしたんですが、途中で休憩を挟みながら……飲水は充分に確保していたので」

それで道なき道を、時にはひゅうひゅうと風が吹く崖っぷちを歩いたのだという。数千歩、いや一万歩は歩いたのではないだろうか、と彼は語る。それでガイドの方にここでまた休憩を挟もうと提案されて、彼は休んだ。現地で買ったチョコレートのお菓子をふたりで分け合っていたら、空からキラキラ光るものが降って来た。

「雪かな、と思いました。迂闊にも雪が降った時のことまでは考えてなかったので」

それで空を見上げて彼は驚いた。頭上に雲みたいな塊が浮いている。それがゆっくりと横に流れて行く。しかしそのスピードは雲の動くスピードよりも心なしか速く見える。全体が黄色っぽいのも気になって双眼鏡で彼はその雲を確かめた。彼はビックリした。

「雲じゃなかったんです」

夥しい蝶々の群れだったという。蝶々から降る鱗粉が彼らの上に降って来たのだった。

「何千もの数の蝶々が……でも、鱗粉の大きさからすると一頭の大きさはもっと巨大だったんじゃないかなと思うんです。当時はスマホもカメラも持ってなかったので、撮影するチャンスを逃しました。惜しいことをしたな」

現地のガイドの方も「父から言い伝えとしては聞いていたけれど……この目で確かめられるとは思わなかった」と言っていた。「旅人さん、貴方ツイてるよ」と。

その次の年の不景気だった時代、彼はこのエピソードを語り第一志望だった旅行会社で入社が決まったという。

「今は管理職なので気軽にあの高原に行けないのが残念なんですけれどね」

そう言って彼は笑った。

学生時代合宿での運転免許取得のため、地方のとある田舎町に行った小説家の仙田学さん。その時の思い出だ。夏の夜中の路上に出ることになり、慣れない車の運転に四苦八苦していた。後方から煽られることに焦りながら車を走らせていたという。

「教官からは『法定速度で走れ。夜は警察が見張っとるからな』と釘を刺されました」

真っ直ぐ伸びる国道を走っていた。すると眼前になにやら光るものが見えた。巨大な光がひとつ。

「最初は車のヘッドライトかなと思ったんです。でも光はひとつだけ。だから片方のヘッドライトが壊れているのか、バイクの光なのか……あるいは車じゃないものがなにか光っているのかな、と」

近寄っていくとその光の前方、つまり彼の側に車の真っ赤なテールランプが幾つか見えたという。つまり光が車の流れを塞いでいるというわけだ。

「それだけ巨大なものが道を塞いでいたわけです。どうやらビルやなんかの電飾でもないみたいで……映画の撮影かな? と思いました。でも、そういう場合は許可を得ますよね。で、こっちとしては車の運転でパニクってるわけですからそれ以上考えられずに、その光に近づいて行ったんです」

光は不規則に明滅していることが分かる。近づいて、仙田さんはその光源の大きさにギョッとした。二車線ある道路を塞がんばかりの大きさだ。

「光の周囲は黒光りする金属の塊や棒をデタラメにくっつけたみたいな感じでした」

仙田さんは次第にその塊や棒がうねうねと動いていることを見極めた。車の群れがクラクションを鳴らす。と、光はサッと浮いた。仙田さん目掛けて風が吹きつける。仙田さんはその光の正体を確かめようと目を凝らして、ギョッとした。黒光りする、発光する巨大なものの正体は――。

「ホタルでした。あれは相当大きなホタルでしたね」

ぶううん、と羽音を響かせて優雅にホタルは飛んで行った。仙田さんが唖然としていると背後からクラクションが鳴らされる。車の流れは元通り滞りなく前に走りつつある。それで仙田さんは慌てて車の運転を再開させた。教官からまた平然と「空ばかり見るな。目の前を見い」と指示が飛んで来た。「運転しとったらようあることや」と。

「幻覚なのかなんなのか分かりません。ただ、今でも車の運転は怖いですね」

仙田さんは現在、ペーパードライバー教習を経験して初心者マークをつけたまま車を走らせている。