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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

レスラー

日常のような創作
Familiar to Millions

Familiar to Millions

 

かおるさとーさんから教えていただいた話。かおるさとーさんは格闘技が大好きな方だ。私はあいにく格闘技は門外漢なので全然知らない話が多い。

「だから、多分知らないと思いますけれど……まあ、普通の人は知らなくて当たり前なんですけれど、格闘技の世界って複雑なもので結構掘り下げて行くと知られていないような、そんな無名なのが惜しいインディペンデントな団体が存在するんですよ。その団体も全然知名度のない団体でした。グーグルで調べても載ってないほどだから……今から十年ほど前のことなんですけれど」

その団体が、かおるさとーさんの住んでいる地域で興行を行うことになった。なんでもガチであることを売り物にしている団体だそうで、かおるさとーさんも期待してチケットを入手したのだという。

ダーレン・アロノフスキーの映画に『レスラー』ってありますよね。ご覧になったことはありますか?」

不勉強にして私は観ていない。するとかおるさとーさんは言った。

「プロレスの内幕を描いた映画です。あれを観れば分かるように、格闘技の世界って表では罵り合いとかやってるんだけれど、裏では和気藹々としているなんてことも日常茶飯事なんですよね。身体中に傷がついて痛そうに見えても実はフェイクだとか。ただ、たまに『この技はガチで決めてるんじゃないか』と見える瞬間があるんです。そういうのを見るのが好きなんです」

それでその団体の試合も物見遊山で見に行ったのだという。

「見てみたら迫力というか凄味がありました。顔面ありの試合だったんだけれど、普通は急所を外してぶん殴るものなんです。でも、本当に相手の鼻の下というか前歯があるあたりをぶん殴ってました。あとは脳天直撃のチョップとか、カミソリを使った凶器攻撃とか。リング袖に包丁やチェーンソーが置かれていたのが印象的でしたね。もちろん試合で使われることはなかったですけれど」

試合前にウォッカや焼酎をがぶ飲みしている選手も居たりした。

「試合前の酒はスポーツドリンクだって藤原組長が言ってますけれど……まあ中身は水なんでしょうけどね」

ただ、気になったことがあるのだという。

「身長二メートルほどの体躯の良い選手たちが試合をするんですけれど、声がそういう巨体に似合う声ではなかったんです。太い大声じゃなくて……なんて言うのかな、声優が無理矢理絞り出しているような声でした。その違和感はありましたね」

試合が終わったあとお手洗いに行き、帰ろうとして出口が分からなくなったという。それで、出口を探していたら選手たちの声が聞こえるところに足を踏み入れてしまった。どうやら楽屋らしい。ヒールとベビーフェイスの選手たちが和やかに懇談しているのが分かったという。

「なんだ。やっぱり『ガチ』というのは嘘なんだなと思ったんですけれど、そっと覗いてみたら」

そこに居たのは五、六人くらいの男だった。体躯は百六十センチくらいの普通の小男たちだったという。その男たちが、試合で響かせた格闘家の声をそのまま声色に生かして和気藹々と喋っていたのだ。

「ここからが妙な話なんですけれど、もっと良く見てみたら」

部屋の壁際に、さっきまで格闘していた身長二メートルの選手たちが巨体を晒して剥製のように微動だにせず突っ立っていた。背中に割れ目らしきものが見える。だが血は流れていない。それでレプリカかなと思いもっと確かめてみようかとした瞬間、関係者に後ろから「君はなにをやってるんだ」と厳しい口調で詰問されたという。出口が分からないんだと言うと、黙って出口まで案内された。

「まあ、私の見間違えというか錯覚なんでしょうけれど……ただ、その団体がどうして血塗れになるのを恐れずに『ガチ』で試合出来ているのかは分かったような気がします」

その団体は程なくして跡形もなく消えてしまったという。

「それ以来格闘技を見る目は変わりましたね。相変わらず好きなんですけれど、妙に妄想が膨らんでしまうようになって……『中の人』も大変なんだろうな、って。こんな話で良いですか?」

もちろん、と私は言った。約束として私はダーレン・アロノフスキー『レスラー』を観ることになった。