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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

螺子(ねじ)

日常のような創作
Apex

Apex

 

保健師の方から「夜中にどか食いは控えましょうね」と言われたことがある。「人体は工場のようなものだと思って下さい。工場は機械や作業員を休ませないと巧く働かないですよね。それと同じで、食べ物を食べると人体の中の工場が働き始めて休まらないんです」と。それ以来、私は自分の人体が機械なのではないかという妙な想像が膨らむようになった。

それで思い出したのがこの話。とある、私と同い年くらいの女性の体験談である。その方が、耳が突然聞こえづらくなったという。「右耳だったな。私、寝る時身体を横にして寝るのよ。それで、耳垢が動いちゃったのかなと思ったの」

そういう場合は綿棒や耳掻きで耳を掃除するものだと思われるかもしれない。しかし、彼女は言った。

「私、耳垢が割りとベトベトしている方らしいなのよ。だから、耳の中に綿棒や耳掻きを入れると奥まで押し込まれるらしいの。逆効果らしいわね」

つまり私と一緒だ。私も普段やっているように、早速近所の耳鼻科に行った。いつも通り(私もされている通り)、彼女の耳の中に細いパイプ状のものが差し込まれる。ちょうど耳の穴の中に入るくらいの細さのものだ。これで耳垢を吸い取るのだ。

私に負けず劣らず音楽好きな彼女は作業中頭蓋骨に響き渡る、そのガリガリとしたノイズ・ミュージックを楽しむようにして聴き入ってしまう。そして、耳が軽くなってやっと耳垢が取れたかと思ったそうだ。

「耳からなにかが零れ落ちる感覚? ああ言うのを確かに感じたのよ」

床にぽとりと物体が落ちた。彼女からはその異物が見えなかったらしい(彼女は医師に右耳を見せているので、異物に対して九十度横向きの姿勢である)。しかし、器具が一旦抜かれたその刹那、彼女は目に入ったその異物を見て驚いた。

「最初は虫かと思ったのよ。棒のような虫の死骸かな、って。でもね、良く見ると」

それは紛れもない螺子だったという。赤茶色に錆びついていたが、きのこ状の頭とギザギザした体を持つ、五センチほどの螺子だった。ビックリしてそれをもっと良く見ようと身体を動かしたところ、「動かないで下さい!」と看護婦に叱られた。医師も「今デリケートな作業中なんです。動かれると耳が聞こえなくなりますよ」と言い、淡々と作業を続けた。

「それでね。耳に改めて器具を突っ込まれたんだけれど、良く良く考えてみればこれって頭蓋骨に新しい螺子を埋め込む作業のように思えて来たの。螺子の交換作業、というのかな」

それ以来彼女は自分の耳の中のことが心配なのだという。「出来れば、貴方にも私の耳の穴の中を見て欲しいんだけれど……でも、私の身体が万が一そういうもので出来ているとすれば、ね」

「飛行機に乗ったことはある? ボディチェックで分かるんじゃないかな」

「貴方飛行機に乗ったことないでしょ? 世の中にはね、ボディチェックを通過するメガネもピアスもあるのよ」そう言って彼女は溜め息をついた。私は自分の無知を恥じた。