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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

終わらない歌

日常のような創作
THE BLUE HEARTS

THE BLUE HEARTS

 

山下敦弘の『リンダリンダリンダ』みたいな話なんだけれど」と彼女は言った。「突然話を持ち掛けられたの」

それは彼女が十数年前に通っていた学校で学園祭が行われる一週間前のこと。

「私は特にピアニストになりたかったってわけじゃないんだけれど、ピアノを一時期習ってたし、好きで良く弾いていたの。学校のピアノも。腕はそんなに巧くないのよ。でもいきなり、バンドに入ってくれと誘われたの」

そのバンドの女性ヴォーカルと他のギター、ドラム、ベースの男三人組とは特に親しいわけではなかった。それで、なんで自分に白羽の矢が立ったのかと訝しく思ったが、どうやらピアノを弾ける人を誰でも良いからバンドに加入させたかったらしい。

ブルーハーツに『TRAIN-TRAIN』って曲があるでしょ。あの曲のイントロでピアノが流れるじゃない? それで、そのピアノを再現出来る人を探しているって言うの。あの曲だけで良いから、って」

彼女は最初は断ったという。それで、条件を引き上げて彼女に 551 の豚まんを奢るというところまで持って行き、案件は成立したのだった。

「ま、なにもビリー・ジョエルベン・フォールズ・ファイヴみたいな曲を弾くわけでもないからね」と彼女は言った。食欲を優先させるところが如何にも彼女らしい。今日も場末の中華料理屋で炒飯を食べながら私は彼女の話を聞いていた。

それで一週間練習につき合って(ピアノを習ったことのある方なら分かるが、あの曲のピアノのパートは実はそう難しくない)、本番の学祭を迎えたのだった。彼女たちのバンドは「TRAIN-TRAIN」を無事弾き終えた。そうするとやることもなくなってしまう。「情熱の薔薇」や「夢」、「人にやさしく」や「リンダリンダ」や「青空」といった曲が演奏されるのを彼女はぼんやりと眺めていた。

「子どものお遊びみたいに思ってたから、って言うのも引き受けた理由なんだけれど、結構ステージの演じる側に回って音楽を演ってみると楽しいものね」

ステージ上の照明も高校生らしく、と言っても暗くしたり明るくしたりといった程度のことなのだけど、創意工夫を凝らして良いステージに仕上がっていたのだという。それで、〆に「終わらない歌」を歌うことになった。

女の子のヴォーカリストとはそう仲が良かったわけではないことは前に書いたが、彼女がブラウスにスカートという楚々とした姿で必死に汗を流しながら歌を歌っているのを見ていると、なにか憧れにも似たものが芽生えて来たらしい。

「カラオケの延長上みたいに思ってたけど、彼女にはカリスマ性があったわね」

それで、ヴォーカリストが必死になって声を張り上げる姿を見ていたところ、彼女の背中が膨らむのが見えたのだそうだ。ブラウスを破らんばかりに、ラクダの瘤のように、しかしふたつ縦にではなく横に並んで。彼女がその現象に唖然としていると、そのブラウスを突き抜けてとある物体が現れ出た。それは翼だった。ヴォーカリストの背丈の二倍はあったのではないだろうか。天井に届きかねないくらいの大きさだ。

「もう、ビックリしちゃった。でも彼女も他の人も気づいていないようで。特に観客席で騒ぎになるとか、演奏がそれで止まるとかそういうこともなかったの。すんなり続く演奏の中で、翼がパタパタと揺れるのが見えたの。そのまま飛んじゃうんじゃないかと思っちゃった」

ご存知のように「終わらない歌」はそんなに長い曲ではない。三分もすれば終わってしまうような曲だ。でも彼女には数十分の出来事のように感じられたらしい。バンドの演奏がそれだけ白熱していたということなのだろう。

「それで、袖から顧問の先生が手でバツ印を出したのね。次のダンサーの女の子たちの時間をかなり食っちゃってたみたい」

先生もその翼に気づいているようには見えなかったらしい。それで、演奏は〆に入って終わった。あとでステージで起こった出来事を確かめてみても、誰もそんな現象が起こったとは証言しなかった。ヴォーカリストのブラウスの背中も破けていない。本人も「え? 気づかなかったけど」と片づけていた。

「だから、私の見間違えってことになって……でもね、あれは本当に翼だったのよ。ミューズが降りるっていうのはああいうことを指すのね」

彼女はそう言うと、また炒飯を食べ始めた。

「この話、使える? 炒飯一人前分くらいの価値はある?」

「もちろん」と私は言った。そういうわけでそんな話でブログの記事を書くことになった。