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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

箪笥(たんす)

日常のような創作
matter

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とある女友達の話。

その女友達がいつ頃からそういう現象に悩まされるようになったのか、ハッキリしたことは聞いていない。覚えていないらしいのだ。なにはともあれ、毎年決まってこの時期、つまり松の内が開ける頃になると旦那の実家の家から送られて来た箪笥が、時折ガタゴトと音を立てるのだそうだ。

「ということは少なくとも旦那さんと結婚してから、そういうことが起こるようになったわけだ」

「そうなのよ」と女友達。

「それでかなり絞れるんじゃない?」

「そうなの。でも旦那も、『おれも良く知らないなあ。確かに音はするのはするみたいだけど』って言って首を傾げるだけ。あまり深く考えないタイプなのよね」

それで原因を調べてみた。ゴキブリにしては時期も早いし音も大き過ぎる。ネズミかと思ったのだけれど、ネズミ捕りを仕掛けてみても捕まる気配もない。いや、ネズミにしては音を立てるものが多過ぎる。ドタバタと箪笥全体を響かせんばかりに音が響くのだそうだ。逆に言えば箪笥以外が動く気配がない。

とは言え箪笥の中に入っているものと言えば……。

「そこなのよ」と女友達。「箪笥の中に入っているのが雛人形なの。かなり本格的なやつ。十七人飾りの」

この雛人形には謂れがあるのか。旦那に訊いてみてもまた首を傾げるばかり。それで旦那の母親に連絡を取ろうとしたのだった。なんでも母親の家系から受け継がれて来た由緒正しい雛人形らしいので……しかし母親はあいにく入院中なのだそうだ。それで旦那はつきっ切りになって世話をしないと行けないというので、女友達の悩みにつき合っているヒマはないとのことだった。世の中とはそういうものだ。

「でさあ、本来雛人形って女の子の持ち物じゃない? なんで旦那がそんなものを嫁入り道具みたいにウチに持って来たのか、それも気になって」

ただ、女友達は差し当たって子どもを作ることなく働いているから、その物音にはさほど悩まされずに日々を送っていたのであった。

しかし、旦那が病院でつき添うことで泊まり掛けで病院に行った日の話。彼女の残業が思いもがけず早く終わってしまった。彼女は屋台のおでん屋で酒を呑み(そういう豪快なタイプの女性なのだ)、それでほろ酔い気分になって家に帰った。誰も居ない家の中に入ってみると、やはりガタゴトと音がする。

それで音の正体を突き止めてやろうと思って調べたら、やはり箪笥の中から響いて来た。いや、響いて来るどころではない。歌声や笑い声なども聞こえる。それで、彼女は酔いも醒めてしまい次の日に霊媒師を呼んだ。

「私もそんなものを信じたり縋ったりする人間じゃないけど、ホラ、ね?」

その霊媒師は箪笥をひと目見て「あ、これですね」と答えた。流石に勘が鋭い。霊媒師は「心配は要りませんよ」と笑ってみせた。

「この雛人形は、旦那様の持ち物ですよね。旦那様が子どもの頃、この雛人形は飾って貰えなかった。だから早く外に出たい、宴を楽しみたいと騒ぐのです。季節がまだ立春にもなっていないのに、気ばかり焦るのです。なにか悪さをするようなら私がキツく諌めますが、その分差し障りがありますよ」

「それならいつでも外に出させてあげるのに」

「人形を甘やかしてはいけません」と霊媒師は真顔になって女友達を叱った。「人形は甘えん坊です。下手をすると自分が人間だと錯覚してしまう。人間の下僕であることを忘れるのです。そんなことをしたら」

その後の言葉が殊の外女友達の記憶に残って離れなくなったのだという。

「どんな言葉だったの?」

「こう言われたの。『将来貴方のお腹の中の娘さんが、お嫁に行けなくなりますよ』って」

彼女はそう言うと、自分のお腹を静かに擦った。