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踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

ほうれん草

インキュナブラ

インキュナブラ

 

高校時代にクラスメイトたちと一緒に植えたほうれん草が立派に茂ったのだという。それで、ほうれん草は今頃が旬なのだから鍋物に入れて食べようではないか、同窓会を兼ねて再び集まらないかという話になった。私は参加することにした。

二十数年ぶりに会う顔は懐かしかった。中にはもう亡くなっている人間も居るのだった。運命の無常さを語らっていると酒を薦められたので、今は断酒中なのだという話をすればそれ以上薦められることはなかった。物分りの良い友だちに恵まれて幸せだ。お前はいつ身を固めるんだ、と絡まれたのには閉口したのだけれど。

それで私はそのほうれん草を見ることになった。なるほど、これは大きい。三階建ての校舎を凌ぐほどの大きさだ。だから私はそれがほうれん草だと気づかなかったのだろう。言われてみればふさふさした葉っぱの茂り具合が、スーパーで売られているほうれん草と同じように見える。

度胸のあるクラスメイトが名乗りを上げて、そのほうれん草によじ登った。そしてほうれん草の枝を一本ずつ切り倒して行く。一本また一本枝が落ちるごとに歓声が上がった。なかなか見られない光景なので、スマホで撮影している人間も居た。もしかすると FacebookInstagramYouTube あたりで光景が公開されているかもしれない。

それで落ちたほうれん草の枝の一部をその場で豚肉と一緒に茹でて鍋物として食べることになった。ほうれん草がそんなに大木なのだとしたらきっとアクが強いのではないかと思ったのだけれど、水洗いを丁寧にしたせいなのかそんなに気にならなかった。私の味覚はアテにならないが、ほうれん草の枝は甘くて美味しかった。

それでももちろんほうれん草を食べ切ることは出来ないので、それぞれ持ち帰ることにした。私は両手にそれぞれナイロン袋に入れたほうれん草の枝を、おひたしや炒め物や和え物として食べることにした。それでも食べ切れないものは冷凍することにした。一ヶ月くらいは保つだろう、とのことなので暫くはほうれん草を食べる生活が続くことになる。今度はパスタに入れてみようかと思っている。