踊る猫の生活

創作のような日常/日常のような創作

中原昌也『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』

マリ&フィフィの虐殺ソングブック (河出文庫―文芸コレクション)
 

貴方がもしも中原昌也氏の小説を読んだことがないとしたら、それは取りも直さず幸運なことである。ふたつの意味を込めてそう書く。ひとつ目の意味は言うまでもなく「これから新鮮な気持ちで幾らでも読める」というものだ。そしてふたつ目の意味は「読んだことがないのだとしたら、もうこの先一生読まなくてもいい。無縁なまま人生を過ごして欲しい」、である。

既に知られているかもしれないが、ミュージシャンとして暴力温泉芸者ヘア・スタイリスティックス名義で音源を数多と発表し、映画に関しても様々な批評を繰り広げてきた中原昌也氏が満を持して放った処女小説集がこの『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』である。実を言えば今まで何となく無縁なまま読まずに過ごして来てしまったのだけれど、改めて読んでみてこれは厄介な代物だと思った。つまり、何をどう語ればいいのかまるで分からないのだ。それぐらいこの短篇集(いや、実質的には掌編集と言うべきか)はぶっ飛んでいる。

何しろ、作品の題名を挙げてみよう。「とびだせ、母子家庭」「つとむよ、不良大学の扉をたたけ」「ジェネレーション・オブ・マイアミ・サウンドマシーン」「消費税5パーセント賛成」……この題名から中身を想像することが出来るだろうか? まず間違いなくそんな人は居ないはずだ。この題名はふざけてつけられたものなのか、それともその中にはシリアスな意味合いがこもっているのだろうか? 考えれば考えるほどわけが分からなくなってくる。どこまで「マジ」にこの題名たちを受け容れればいいのか、それがまるで分からないところに狂気の片鱗すら感じることが出来ると言っても過言ではないだろう。

中身も同じようなものである。突発的に何事かが生じ、それが終わる。それだけである。しかも筋に脈絡などあってないようなものだ。まるで悪い夢でも見ているかのようなシュールな展開に固唾を呑んでしまう。例えば「ソーシャルワーカーの誕生」。この話は主人公の「俺」の家の前に腐臭のする「薄汚れた台車」が「自力で」やって来て、そして「俺」の家の前で立ち止まる。普通ならその「台車」を「俺」が発見するところからストーリーが展開していくだろう。しかしそうはならない。「台車」のことなんて置いてけぼりで主人公は「福祉センター」へと出勤する。

そして「スウェーデン」の「社会福祉研究の専門家」と「エレベーター」の中でやり取りを行う。そこに「車椅子に乗った中年の患者が二人」乗り合わせて来る。ふたりとも「エロ本」や「裸婦」の絵が満載された書物を取り上げられたことに愚痴をこぼす。「スウェーデン」の「専門家」は日本の「福祉制度批判」を続けるが、主人公ときたらそんなことにはまるで興味がなく、「若くてスタイルのいい美人看護婦」が乗り合わせて来たことから「ハードコアポルノ・ヴィデオ」を連想して看護婦にどう性欲を処理して貰おうか考える始末である(性欲と暴力は本書の至るところに充満している)。やがて主人公の妄想が止めどなく語られ、一応「台車」にも言及されるが最後の最後では(ネタを割るが、まあいいだろう)「いまからでも遅くない、ソーシャルワーカーの資格を取って人々の役に立つことをしようじゃないか」と改心する。それで終わりである。

何じゃそりゃ、という感想しか出て来ないだろう。中原昌也氏自身が小説を書くのを嫌々ながらにやっていることも、『本が好き!』に集うくらいの人ならもうご存知かもしれない。全体的にこんな調子の、どこまで手を抜いているのやら(それとも手を抜けば抜くほど、頭が空っぽなままで書けば書くほど調子が出るのか?)分からない作品が羅列されている。「もうこの先一生読まなくてもいい。無縁なまま人生を過ごして欲しい」という言葉はだから、私としてはガチで言っている。

だが、困ったことにこれが面白いのである。万人に薦める気にはなれないが、例えば暴力温泉芸者の音楽がまさにそうであるように出鱈目なノイズの羅列の合間にふとメロディが(もしかするとそれは「偶然」である場合も多いのではないかと思うのだが)成り立ってしまった一瞬の快楽とでも言うべき、時にキラっと光ったフレーズ、ニヤニヤ笑いが止まらなくなってしまうような瞬間が生じることに気付かされやがてそれが癖になるのだ。

繰り返すが、万人に薦める気にはなれない。引き返すなら今のうちである。だが、ひとたびこの世界にハマり込んだが最後、抜けようと思っても抜け出せなくなるジャンキーのようになってしまう人間も居るのである。私がそうだ。だから、私のような読者はある意味では、本当にやる気のなさそうに書いている中原氏にとっては迷惑な話だろうが、これはまあ仕方がないと思って諦めて欲しい。早速私は、これも未読だった『子猫が読む乱暴者日記』に取り掛かったところである。